新年度「生涯現役シリーズ塾」運営策②
2012年12月2日 お仕事 大 企 業 だ け で な く 、 有 力 マ ス コ ミ 紙 で も
定 年 後 の 「 自 己 実 現 の 生 き が い 創 り 」 に
批 判 的 な 意 見 に は 、 驚 か さ れ る
バブルが最盛期の当時、高齢シニア層のために役立つ、本当の意味で将来を見据えた有益な生きがい情報の提供に工夫と努力のできなかったのは、定年退職予定者を多く抱えていた大企業だけではない。
生涯現役塾を発足させてから12年も経った某全国紙大新聞コラム欄でも下記の内容を今もって忘れない。意欲ある能なシニアたちの尊厳に対してあまりにも失礼な、「どちらが年寄りの冷や水か!!」と反論したいくらいの次の記事だ。
“作家の永井路子さんが「なつかしい言葉」と題する随筆の最後に、「年寄りの冷や水」をあげていた。あまり使われなくなった言葉だが、それに代わって『生涯現役だって?』御冗談を」と書いている。冗談ではなく、生涯現役社会に近づきそうな動きが出始めている。
厚生白書は先ごろ、高齢者は社会的弱者ではなく「第二の現役世代」と位置づけた。労働白書も65歳現役社会を提言、同省の研究会が定年を65歳に延長するよう進言した。来世紀初めに年金支給は65歳からになるが、その直後に団塊世代が相次いで60歳定年を迎える。大量の無収入高齢者を生み出さないための一策である。
長寿は昔から人間の理想だった。だが、実現した高齢社会は理想的とはいかない。65歳の女性から「長寿礼賛はもういい加減にして下さい」とお便りをいただいた。老人の多くは「ぼけて愚痴っぽく体力は衰える一方で周囲の重荷になる」。それが老後の自然現象で、老醜も残される者の別れの悲しみを軽減する神の配慮では、という。
もっと長生きを、いつまでも働こうなどという高度成長的発想はやめて、身の程を知ることへ軌道修正すべきときではないか。便りの女性の言葉は、永井さんの「御冗談を」に重なる。65歳現役社会は、現実的要請だろう。しかし、その先の展望はあるのか。いつまでも現役とおだてるだけでは、高齢社会は維持できない。”
と、現実の少子高齢時代到来による社会情勢の激変にも、全く無関心、傍観の無責任コラムにはあきれた次第である。 つづき
定 年 後 の 「 自 己 実 現 の 生 き が い 創 り 」 に
批 判 的 な 意 見 に は 、 驚 か さ れ る
バブルが最盛期の当時、高齢シニア層のために役立つ、本当の意味で将来を見据えた有益な生きがい情報の提供に工夫と努力のできなかったのは、定年退職予定者を多く抱えていた大企業だけではない。
生涯現役塾を発足させてから12年も経った某全国紙大新聞コラム欄でも下記の内容を今もって忘れない。意欲ある能なシニアたちの尊厳に対してあまりにも失礼な、「どちらが年寄りの冷や水か!!」と反論したいくらいの次の記事だ。
“作家の永井路子さんが「なつかしい言葉」と題する随筆の最後に、「年寄りの冷や水」をあげていた。あまり使われなくなった言葉だが、それに代わって『生涯現役だって?』御冗談を」と書いている。冗談ではなく、生涯現役社会に近づきそうな動きが出始めている。
厚生白書は先ごろ、高齢者は社会的弱者ではなく「第二の現役世代」と位置づけた。労働白書も65歳現役社会を提言、同省の研究会が定年を65歳に延長するよう進言した。来世紀初めに年金支給は65歳からになるが、その直後に団塊世代が相次いで60歳定年を迎える。大量の無収入高齢者を生み出さないための一策である。
長寿は昔から人間の理想だった。だが、実現した高齢社会は理想的とはいかない。65歳の女性から「長寿礼賛はもういい加減にして下さい」とお便りをいただいた。老人の多くは「ぼけて愚痴っぽく体力は衰える一方で周囲の重荷になる」。それが老後の自然現象で、老醜も残される者の別れの悲しみを軽減する神の配慮では、という。
もっと長生きを、いつまでも働こうなどという高度成長的発想はやめて、身の程を知ることへ軌道修正すべきときではないか。便りの女性の言葉は、永井さんの「御冗談を」に重なる。65歳現役社会は、現実的要請だろう。しかし、その先の展望はあるのか。いつまでも現役とおだてるだけでは、高齢社会は維持できない。”
と、現実の少子高齢時代到来による社会情勢の激変にも、全く無関心、傍観の無責任コラムにはあきれた次第である。 つづき