教育現場ルポ(前)「教えない授業」の魔力
2014年11月18日 お仕事 伊藤忠商事前会長の丹羽宇一郎さんに連載をお願いしている「経営者ブログ」はいつも歯切れがよく、論旨が一貫していて、読んでいて背筋が伸びるような気がします。前回は「国の地力をつけるため日本に必要なのはやはり教育です」と書いておられました。確かにそうだと思う一方、では具体的にどうすればいいかというのはなかなか難しい問題です。
そんなことが頭の片隅にあったせいか、「都立両国、復活の舞台裏」という連載に出てくる先生たちの先進的な取り組みに目の前が少し明るくなった気がしました。学校教育が変わりつつあるという感触は池上彰さんの「大岡山通信 若者たちへ」からも読みとれます。ビジネスでもそうですが、課題を解決するヒントはやはり現場にあって、それを私たちがいかにくみ取るかが問われているのだと改めてかみしめています。(電子報道部長 小森敬介)
半世紀前、東大合格者63人を誇った都立の名門、両国高等学校(東京都墨田区)。その後、長期にわたって低迷したが、2006年に始まった中高一貫校の卒業生が出た2年前から、合格実績が「都立トップ水準」に躍り出た。校風が一変した両国は今、教育界でにわかに注目を集めている。そこでは、教育新潮流ともいえる「生徒が勝手に教え合う授業」が展開されていた。
10月22日午後2時過ぎ、両国高校の大教室はあふれんばかりの人で埋め尽くされていた。これから始まる英語の授業を見ようと、90人の英語教師が集まった。席が足りず、立ち見の教師が教室を取り囲む中で、30代の女性が教壇に立った。
布村奈緒子。都立両国の英語科主任教諭の彼女は、昨年、全英連(全国英語教育研究団体連合会)が、年1回開く全国大会で、1400人の英語教師を前に、高2の授業を実演した。その斬新な授業スタイルは、多くの教師に衝撃を与えることになる。
■「先生でなく、友だちから教わる」
教師が一方的に教えるのではなく、生徒がペア(2人組)やグループ(4~6人組)を組んで、英語で話し合いながら問題を見つけ、自分たちで解決していく。すべて英語で議論するため、コミュニケーション能力が飛躍的に高まる。
授業のテーマは「Poverty(貧困)」や「Biodiversity(生物多様性)」といった社会問題を扱う。前もって生徒に告知してあるため、それぞれが英字新聞や論文・データを集め、持ち寄ってくる。そしてペアやグループで議論して発表していく。
4人で議論する場合は、賛成者、反対者と司会、書記の4役を割り振って進行する。5分議論して、2分で結論を決める。それが終わると、布村がグループを次々と指名し、発表させていく。役割は授業ごとに変わっていくので、意見を戦わせたり、聞き役や判定役など様々な立場を経験することになる。そのため、授業は常に生徒が動き回り、様々な人と英語のやりとりを繰り返すことになる。「先生から教えられるよりも、友だちと交わした言葉の方が記憶に残る」(布村)
象徴的な指導法に「4コーナーズ」がある。これから学習する長文の要約を、4つに分けて教室の壁や廊下に張り出す。生徒は4人でグループを作り、それぞれが担当する英文がある場所に行って読み取り、席に戻ってグループのメンバーと報告し合う。そして、内容をみんなで推測していく。
「自分が担当する英文を理解できていないと、仲間に迷惑がかかる。だから、必死で読み解き、伝えようとする」(布村)
生徒の意欲を高めることを重視する。だから、「英語嫌い」にならないよう、予習は最小限に抑える。全文和訳は時間がかかるので、やらせない。「分からない単語だけ調べるように」と指示を出す。すると、授業が驚くほど理解しやすくなる。「この『お得感』がないと、生徒はついてきてくれない」(布村)
布村の授業では、生徒がプレゼンテーション(発表)する機会が多い。中には、指名される前から、英語で発言する生徒もいる。「成績の良い生徒が授業で活躍するわけではない。言いたいことがある子が、必死で英語を使って伝えようとする」
授業は必ず、プレゼンテーションで終わることになっている。文法が多少、間違っていても気にしない。自ら考え、英語で相手に伝えることを重視する。
■「受験に通用しない」を打ち破る
授業の実演が終わると、会場がどよめく。「インパクトの強い正統派の授業で(生徒が)力をつけている」。そううなる教師もいる。だが、伝統的な和訳中心の「教え込む」授業を続けてきた英語教師は、拒否反応が強い。
「これは、都立トップ水準の生徒だからできるのではないか」「日本語を介さずに英語を習得するのはいいが、大学受験を乗り切れるのか」
次々と出される否定的な意見に、布村はクビを振る。「もし『成績下位校』に行っても、日本語を介さない授業をするつもりです」
大学受験に関しては、布村も悩み抜いた時期があった。都立両国に赴任して3年目の2010年、初めて学年を担当した。その高1生は英語力が向上し、4技能(聞く、読む、話す、書く)の英語力判定テストの平均点は、上級生が高2の時に出した得点を上回った。それでも、ベテラン教師や生徒の保護者から、受験に対する不安の声が消えなかった。
2011年、大手予備校が噂を聞きつけて、布村の授業を視察した。そして、クビをかしげた。「こんな授業は初めて見た。リスニング力がつくから、長文問題には対応できそうだ。ただし、(大学入試で)結果が出るのかどうか判断できない」
結局、布村は高2までオールイングリッシュの授業を続け、高3で和訳を授業に取り入れる。その和訳も、グループで考えて発表させ、どの解答が優れているか議論する手法を取り入れた。
そして臨んだ大学受験で、都立両国は現役生の35.2%が国公立大学に合格するという驚異的な数字をたたき出す。都立高の進学指導重点校に指定されている日比谷や西を上回り、国公立受験で「都立トップ」の成績を収めた。
■名門校への挑戦
布村は前任の都立国際高校でも、習熟度の高いクラスを担当した経験がある。そしてオールイングリッシュの授業を展開して、早稲田や上智といった私立大学上位校に多くの学生を進学させている。
そして2008年、都立両国への転任が決まる。
「伝統ある名門校だから、オールイングリッシュの授業なんて、許されないだろう」。そう諦めていた。ところが、思いがけない光景を目にすることになる。 つづく
そんなことが頭の片隅にあったせいか、「都立両国、復活の舞台裏」という連載に出てくる先生たちの先進的な取り組みに目の前が少し明るくなった気がしました。学校教育が変わりつつあるという感触は池上彰さんの「大岡山通信 若者たちへ」からも読みとれます。ビジネスでもそうですが、課題を解決するヒントはやはり現場にあって、それを私たちがいかにくみ取るかが問われているのだと改めてかみしめています。(電子報道部長 小森敬介)
半世紀前、東大合格者63人を誇った都立の名門、両国高等学校(東京都墨田区)。その後、長期にわたって低迷したが、2006年に始まった中高一貫校の卒業生が出た2年前から、合格実績が「都立トップ水準」に躍り出た。校風が一変した両国は今、教育界でにわかに注目を集めている。そこでは、教育新潮流ともいえる「生徒が勝手に教え合う授業」が展開されていた。
10月22日午後2時過ぎ、両国高校の大教室はあふれんばかりの人で埋め尽くされていた。これから始まる英語の授業を見ようと、90人の英語教師が集まった。席が足りず、立ち見の教師が教室を取り囲む中で、30代の女性が教壇に立った。
布村奈緒子。都立両国の英語科主任教諭の彼女は、昨年、全英連(全国英語教育研究団体連合会)が、年1回開く全国大会で、1400人の英語教師を前に、高2の授業を実演した。その斬新な授業スタイルは、多くの教師に衝撃を与えることになる。
■「先生でなく、友だちから教わる」
教師が一方的に教えるのではなく、生徒がペア(2人組)やグループ(4~6人組)を組んで、英語で話し合いながら問題を見つけ、自分たちで解決していく。すべて英語で議論するため、コミュニケーション能力が飛躍的に高まる。
授業のテーマは「Poverty(貧困)」や「Biodiversity(生物多様性)」といった社会問題を扱う。前もって生徒に告知してあるため、それぞれが英字新聞や論文・データを集め、持ち寄ってくる。そしてペアやグループで議論して発表していく。
4人で議論する場合は、賛成者、反対者と司会、書記の4役を割り振って進行する。5分議論して、2分で結論を決める。それが終わると、布村がグループを次々と指名し、発表させていく。役割は授業ごとに変わっていくので、意見を戦わせたり、聞き役や判定役など様々な立場を経験することになる。そのため、授業は常に生徒が動き回り、様々な人と英語のやりとりを繰り返すことになる。「先生から教えられるよりも、友だちと交わした言葉の方が記憶に残る」(布村)
象徴的な指導法に「4コーナーズ」がある。これから学習する長文の要約を、4つに分けて教室の壁や廊下に張り出す。生徒は4人でグループを作り、それぞれが担当する英文がある場所に行って読み取り、席に戻ってグループのメンバーと報告し合う。そして、内容をみんなで推測していく。
「自分が担当する英文を理解できていないと、仲間に迷惑がかかる。だから、必死で読み解き、伝えようとする」(布村)
生徒の意欲を高めることを重視する。だから、「英語嫌い」にならないよう、予習は最小限に抑える。全文和訳は時間がかかるので、やらせない。「分からない単語だけ調べるように」と指示を出す。すると、授業が驚くほど理解しやすくなる。「この『お得感』がないと、生徒はついてきてくれない」(布村)
布村の授業では、生徒がプレゼンテーション(発表)する機会が多い。中には、指名される前から、英語で発言する生徒もいる。「成績の良い生徒が授業で活躍するわけではない。言いたいことがある子が、必死で英語を使って伝えようとする」
授業は必ず、プレゼンテーションで終わることになっている。文法が多少、間違っていても気にしない。自ら考え、英語で相手に伝えることを重視する。
■「受験に通用しない」を打ち破る
授業の実演が終わると、会場がどよめく。「インパクトの強い正統派の授業で(生徒が)力をつけている」。そううなる教師もいる。だが、伝統的な和訳中心の「教え込む」授業を続けてきた英語教師は、拒否反応が強い。
「これは、都立トップ水準の生徒だからできるのではないか」「日本語を介さずに英語を習得するのはいいが、大学受験を乗り切れるのか」
次々と出される否定的な意見に、布村はクビを振る。「もし『成績下位校』に行っても、日本語を介さない授業をするつもりです」
大学受験に関しては、布村も悩み抜いた時期があった。都立両国に赴任して3年目の2010年、初めて学年を担当した。その高1生は英語力が向上し、4技能(聞く、読む、話す、書く)の英語力判定テストの平均点は、上級生が高2の時に出した得点を上回った。それでも、ベテラン教師や生徒の保護者から、受験に対する不安の声が消えなかった。
2011年、大手予備校が噂を聞きつけて、布村の授業を視察した。そして、クビをかしげた。「こんな授業は初めて見た。リスニング力がつくから、長文問題には対応できそうだ。ただし、(大学入試で)結果が出るのかどうか判断できない」
結局、布村は高2までオールイングリッシュの授業を続け、高3で和訳を授業に取り入れる。その和訳も、グループで考えて発表させ、どの解答が優れているか議論する手法を取り入れた。
そして臨んだ大学受験で、都立両国は現役生の35.2%が国公立大学に合格するという驚異的な数字をたたき出す。都立高の進学指導重点校に指定されている日比谷や西を上回り、国公立受験で「都立トップ」の成績を収めた。
■名門校への挑戦
布村は前任の都立国際高校でも、習熟度の高いクラスを担当した経験がある。そしてオールイングリッシュの授業を展開して、早稲田や上智といった私立大学上位校に多くの学生を進学させている。
そして2008年、都立両国への転任が決まる。
「伝統ある名門校だから、オールイングリッシュの授業なんて、許されないだろう」。そう諦めていた。ところが、思いがけない光景を目にすることになる。 つづく