この人に学ぶ / 平成の世にサムライ探し②
2014年3月29日 お仕事東日本大震災がターニングポイントに
── これまでの膨大な作品の中で、特に思い出に残っているものはどれですか。
それもよく聞かれるのですが、いつも現在進行形なので、以前の作品を振り返っている暇がないんです。今ここにいる私を終点にして、これまでの歩みを俯瞰で見れば「この曲」と言えるのかもしれませんが、いつも先ばかり見ているから、昔の作品にはあまり興味が持てないんですよ。仮に「20歳の時のあの曲が最高」とか言ってしまったら、そこで終わってしまうと思っています。
── では、ターニングポイントを挙げるとすると。
東日本大震災ですね。あの後から、音楽というものにもっと意識的に取り組まなきゃと考えるようになりました。
2001年9月11日のテロの後につくられた『11’09’’01/セプテンバー11』という映画をご存じですか。世界中の11人の映画監督があのテロをテーマにしてつくった短編映画を集めたオムニバス作品なのですが、その中にショーン・ペンが監督したこんな作品があるんです。
ワールドトレードセンタービルのすぐ近くの古いマンションに独りで住んでいるおじいちゃんがいて、その部屋の窓辺には枯れた鉢植えが置いてあります。ビルに遮られて日が当たらないから花も咲かないわけです。
あのテロの日、ビルが崩れて、窓辺に初めて日が差して、鉢植えが見る見る花を開かせるんです。それを見たおじいちゃんが、亡くなった奥さんに「花が咲いたよ」と語りかける。以上──。そんな映画です。一種のファンタジーですが、私はそれを見た時、シンプルで素晴らしい作品だと思いました。不幸な出来事に対するジャッジメントを手放すこと、現実と向き合うこと、そんな骨太のメッセージを感じました。
で、私はたまたま被災地の出身で、地震が起きて、津波が来た後で、「自分に日が当たってしまった」と感じたわけです。
それまで私は、自分のありように無自覚だったし、私らしい表現などを極力排して仕事をしてきました。でも、咲こうとするからには、自分の可能性というものを意識しないわけにはいかない。「いかなる理由であれ日が当たってしまった以上、そこで一本立ちして咲くしかない」。あの震災の後、そう考えるようになりました。
── あの「花が咲く」という曲は、そういう意識の変化の後に生まれたわけですね。
ええ。暗闇と光がもたらされる出来事があった時、たまたま日が当たる場所にいた、そのことを自覚して書いた曲です。
── NHK『ごちそうさん』の音楽のお仕事も注目されています。
4月に2枚目のサウンドトラック『ゴチソウノォト おかわり』が発売されます。私はもともと、聴覚よりも、味覚や嗅覚と音が直結していると感じていて、こういう音にしたいと伝える時も、味や舌触りや匂いなどで表現することが多いんです。だから、食をテーマにした『ごちそうさん』の音楽づくりは、とても楽しい仕事でしたね。
── では、これから挑戦してみたい仕事は。
たくさんありますね。バレエ音楽、オペラ、ミュージカル。それから、アフリカまで野生の動物を見に行って、動物が目の前にいるその場で曲を書くとか。そんな仕事はないか(笑)。
── これからの目標についてお聞かせください。
この間、小学校の時の音楽の先生にお会いしたんです。85歳になられたそうなのですが、とても元気でいらっしゃって、最近、フランス語と英語を勉強しているとのことでした。
「昔、芸大の入試に語学で落ちたから、悔しくてね」と先生が話すのを聞いて、「かっこいいなあ」と思いました。私もあんなふうに年を取っていけたらいいなあと思っています。
〈取材後記〉
東京・神宮前のビクタースタジオでお話を伺いました。一つひとつの質問をしっかりと聞いて、正確に答えようとされる姿がとても印象的でした。「取材は苦手」で、「言葉で語れるなら音楽はやっていないと思う」とおっしゃる菅野さんですが、独自の語彙と表現で自身の作曲の秘密を丁寧に語るのをお聞きしていると、メロディーであれ、言葉であれ、自分の中から出てくるものを本当に大切にされている方なのだなと強く感じました。これからもすてきな曲を紡ぎ続けてください。了
── これまでの膨大な作品の中で、特に思い出に残っているものはどれですか。
それもよく聞かれるのですが、いつも現在進行形なので、以前の作品を振り返っている暇がないんです。今ここにいる私を終点にして、これまでの歩みを俯瞰で見れば「この曲」と言えるのかもしれませんが、いつも先ばかり見ているから、昔の作品にはあまり興味が持てないんですよ。仮に「20歳の時のあの曲が最高」とか言ってしまったら、そこで終わってしまうと思っています。
── では、ターニングポイントを挙げるとすると。
東日本大震災ですね。あの後から、音楽というものにもっと意識的に取り組まなきゃと考えるようになりました。
2001年9月11日のテロの後につくられた『11’09’’01/セプテンバー11』という映画をご存じですか。世界中の11人の映画監督があのテロをテーマにしてつくった短編映画を集めたオムニバス作品なのですが、その中にショーン・ペンが監督したこんな作品があるんです。
ワールドトレードセンタービルのすぐ近くの古いマンションに独りで住んでいるおじいちゃんがいて、その部屋の窓辺には枯れた鉢植えが置いてあります。ビルに遮られて日が当たらないから花も咲かないわけです。
あのテロの日、ビルが崩れて、窓辺に初めて日が差して、鉢植えが見る見る花を開かせるんです。それを見たおじいちゃんが、亡くなった奥さんに「花が咲いたよ」と語りかける。以上──。そんな映画です。一種のファンタジーですが、私はそれを見た時、シンプルで素晴らしい作品だと思いました。不幸な出来事に対するジャッジメントを手放すこと、現実と向き合うこと、そんな骨太のメッセージを感じました。
で、私はたまたま被災地の出身で、地震が起きて、津波が来た後で、「自分に日が当たってしまった」と感じたわけです。
それまで私は、自分のありように無自覚だったし、私らしい表現などを極力排して仕事をしてきました。でも、咲こうとするからには、自分の可能性というものを意識しないわけにはいかない。「いかなる理由であれ日が当たってしまった以上、そこで一本立ちして咲くしかない」。あの震災の後、そう考えるようになりました。
── あの「花が咲く」という曲は、そういう意識の変化の後に生まれたわけですね。
ええ。暗闇と光がもたらされる出来事があった時、たまたま日が当たる場所にいた、そのことを自覚して書いた曲です。
── NHK『ごちそうさん』の音楽のお仕事も注目されています。
4月に2枚目のサウンドトラック『ゴチソウノォト おかわり』が発売されます。私はもともと、聴覚よりも、味覚や嗅覚と音が直結していると感じていて、こういう音にしたいと伝える時も、味や舌触りや匂いなどで表現することが多いんです。だから、食をテーマにした『ごちそうさん』の音楽づくりは、とても楽しい仕事でしたね。
── では、これから挑戦してみたい仕事は。
たくさんありますね。バレエ音楽、オペラ、ミュージカル。それから、アフリカまで野生の動物を見に行って、動物が目の前にいるその場で曲を書くとか。そんな仕事はないか(笑)。
── これからの目標についてお聞かせください。
この間、小学校の時の音楽の先生にお会いしたんです。85歳になられたそうなのですが、とても元気でいらっしゃって、最近、フランス語と英語を勉強しているとのことでした。
「昔、芸大の入試に語学で落ちたから、悔しくてね」と先生が話すのを聞いて、「かっこいいなあ」と思いました。私もあんなふうに年を取っていけたらいいなあと思っています。
〈取材後記〉
東京・神宮前のビクタースタジオでお話を伺いました。一つひとつの質問をしっかりと聞いて、正確に答えようとされる姿がとても印象的でした。「取材は苦手」で、「言葉で語れるなら音楽はやっていないと思う」とおっしゃる菅野さんですが、独自の語彙と表現で自身の作曲の秘密を丁寧に語るのをお聞きしていると、メロディーであれ、言葉であれ、自分の中から出てくるものを本当に大切にされている方なのだなと強く感じました。これからもすてきな曲を紡ぎ続けてください。了