日本には「謙譲の美徳」という儒教的教えからか、老人性饒舌症のレッテルを貼られたりしますと、どうしても自己主張には周囲へのTPOをわきまえない人物として辟易されることが多々あります。
  しかし反面、戦後海外でグローバルな活動に迫られたビジネス関係者・留学生などの日本人が、自己原点の人生経験、特に「日本人として日本紹介」を堂々と語れない日本史教育の欠落という問題点もよく耳にします。
  その両観点から考察するとき、実直に「生涯現役実践道場」史に重点をおいた高橋育郎氏は、既にこれまで当クラブ入会後4冊の自著出版体験者として自己体験から『生涯現役社会づくり』先兵役としてのベンチャー未来像をどう創出していくか・・・期待されている一人です。
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【 奇 跡 を 生 み だ す 生 涯 現 役  第 四 弾 】
                             高 橋  育 郎
  生涯現役の教えを信じて,いちずに進めて行けば、奇跡は必ず訪れると言う話です。では、その教えとは何か。人はそれぞれ取り得というもの、いいかえれば得意技があります。私は平成63年12月にLVC(生涯現役実践道場)に入会しました。

  私は音楽、とりわけ歌ったり、歌を作ったりすることが好きだったので、国鉄がJRになって退職を余儀なくされた時、歌の道を歩んで行きたい思いで、組織の束縛から離れて世間に飛び出しました。人生に賭けてみようという、とんでもない冒険心を抱いての旅立ちでした。荒海の中へ木の葉の舟で漕ぎ出したのです。

  そうしたとき偶然に巡り合ったのが人生冒険のライフ・ベンチャー・クラブだった。先輩の導きでイベントの仕事を始めたものの、一匹オオカミのような不安定極まりない境遇にあった私にとって、それはまさに救助船で、そのときの感激は終生忘れることはありません。私はイベント企画部部長の肩書きを頂いて仕事を始めることができました

  クラブ代表から始めに訊ねられたことは「あなたの得意技はなんですか」だった。私が音楽と答えると「ではその得意技に磨きをかけなさい。そしてその得意技を発揮することを生き甲斐にして、世のため、人のためになるよう働きかけなさい。単なる知識だけではなく、世の中のためにならなければ意味がない。知識を活かすよう実践することが大事。そこが生涯学習と違うところ」といわれ、加えて脳力開発の教えを聞きました。

  この教えには限りない勇気を与えられました。一言でいえば人間の脳はいくら使っても使いきることはない。とにかく良く考えて行動をすること。私はこの教えを噛みしめて心得として一途に励みました。すると目指していた『歌の道』が開けていったではありませんか。

  平成になってセミナーの会場が虎ノ門教育会館に移りました。月例会は土曜日の午後1時から4時までの長丁場です。間に休憩時間 コーヒータイムがあって、ヨガが行われていました。そこで代表から歌もやろうと話を持ちかけられ、私は喜んで賛同し「それならば誰でも知っている童謡唱歌がいいだろう」となって、2曲歌うことで始まりました。

  このとき日本リクリエーション協会で生活余暇開発士の資格を取った方がおられて、私に社会に出て歌の会をやるようお膳立てを整えてくれて、私はそれに乗って始めることができました。平成4年12月。会は10人でスタートしました。会場は都の勤労福祉会館(八丁堀)です。

  平成7年4月。ここで奇跡は起きます。会員が30名になったとき代表が日経新聞に紹介してくれました。記者がインタビューにみえて、明日の夕刊に載せると言い置いて帰っていきましたが、そのとき代表が、「明日の晩、家に帰ると申し込みが100名きますよ」といったのです。その予言は見事に当たりました。こんなことってあるのか。奇跡としかいいようがありません。

  音楽室は定員が40名です。そこで会を二つに分けて、月に2回行うことにしました。平成8年になって人形町の日本橋小学校に社会教育会館がオープンした情報が地元の方からもたらされ、会場も広く設備も充実していたので、4月からこちらに移リました。以後今日まで続いていますが 3月の例会は第247回です。

  歌の会を始めた実績をもとに、憧れの日本童謡協会に入会の夢を果たすことが出来た。平成5年1月だった。その直前、行動をする人を対象にした月刊誌に「童謡を生涯現役の夢かけて」の論文を投稿し、行動人大賞を受賞した。

  私が歌の会を始めた平成4年ころは、LVクラブは関東各地に生涯現役の会を普及させ、すごい勢いで広がっていき、私はそれらの会に呼ばれ歌の指導、歌の歴史の講師などに招かれた。人生ははなばなしい展開をみせていった。人生冒険に旅立ちした結果が凶と出るか吉と出るか。果たして結果は。私の場合は幸運にも吉と出たのだ。その後のきらびやかな展開は、信じがたい事柄が続いて行く。

  歌の会を始めて間もなく代表からいわれて「生涯現役音頭」を作詞作曲して、各地に出向いて歌った。何度も言うように私には音楽に関して素養があるわけではなかった。音楽無教育世代だからだ。私を駆り立てたものは、ただただ音楽が好きだったということ。その好きな音楽に人生を賭けたい一心から、あくなき挑戦を繰り返したのだ。その勇気は生涯現役の教えに基づくもの。導きであったことを明言したい。

  だから肝心なことは、自分の好きなことに人生を賭けてみようと言う意気込みだ。夢を実現させる勇気と実践力だ。そして、実践道場での人様の輪の支えがあったればこそで、私を支えてくださった多くの方々への感謝を忘れない。奇跡を生みだす力は生涯現役の教えを信じて実践に励むこと。私はそう思います。