2016/2/18 6:30日本経済新聞 電子版
 「 豊 か に な る 前 に 老 い た 」 人 口 問 題 の 試 練  
中国人が見た中国経済のいま(1)
中国社会科学院副院長、蔡昉氏

【蔡昉(さい・ほう)氏プロフィール: 1956年生まれ。中国人民大学、中国社会科学院研究生院(大学院に相当)卒。経済学博士。93年中国社会科学院研究員に選任。98年から2014年まで中国社会科学院人口・労働経済研究所所長。現在は第12期全国人民代表大会常務委員会委員。14年から中国社会科学院副院長】

  中国は経済成長と人口転換の相関で、過去10年間に2つの重要な転換点を経験した。1つ目は2004年に迎えたルイスの転換点(人材供給源である農村から都市部への余剰労働力供給が底をついて人手不足となる局面)だ。労働力不足が続いたため、一般労働者の賃金が急速に上昇した。04~14年の間、出稼ぎ農民の実質賃金の年平均伸び率は国内総生産(GDP)より高い11%となり、賃金の上昇が労働生産性の上昇を超えた。

■ 「 人 口 ボ ー ナ ス 」 消 失 で 、 潜 在 成 長 率 が 低 下

  労働コストが急速に上昇したため、製造業の比較優位が低下した。中国の04~13年の単位労働コストの平均伸び率は5.3%だった。ドイツの0.7%、韓国の1.3%、米国の0.1%に比べて高い。日本は04~11年にマイナス2.9%だった。中国の単位労働コストは依然として収入の高いこれらの国より明らかに低いものの、急速に同じ方向へ身を置きつつある。

  2つ目の転換点は、10年に人口ボーナスを消失したことだ。生産年齢人口100人が何人の年少者や高齢者を支えているかを示す、「従属人口指数」が下降から上昇へ転じた。それを契機に労働力はさらに不足し、人口の高齢化が加速した。

  その関連で、突然中国の潜在成長率は低下した。改革がもたらす新たな経済発展がなければ、潜在成長率は1978~2010年の平均10%前後から、11~15年は平均7.6%に低下し、さらに16~20年は平均6.2%まで下がると推計している。

  経済学の原理と経済発展の経験から見てカギとなるのは、労働力を無限に供給できるという特徴を失って労働力不足に陥り、人的資源の改善はスローダウンすることだ。資本収益率は低下し、全要素生産性も減速するなど、すべての要因が潜在成長率の低下をもたらす。

  中国の労働力の総量は膨大であり、生産年齢人口の割合が比較的高いままであることを理由に、人口ボーナスの消失を否定する人もいる。ただ、このような分析は「経済成長は産出された増加分と変動率を示すもので経済規模自体ではない」ということを忘れている。労働力の総量や生産年齢人口の割合の絶対数はあまり重要でない。重要なのはその変化の方向だ。

  中国の出生率は低下し、人口年齢構造は経済成長に不利な方向へと変化している。1人当たりGDPが低水準のまま、この変化が発生していることを注視すべきだ。

■ 成 長 減 速 の 「 新 常 態 」 前 提 に 構 造 改 革 を 模 索

  国連によると15年の世界平均の高齢化率は9.79%だ。中国を除く発展途上国の平均は6.23%だが、中国は10.94%と高い。

  中国は、このような「未富先老」(豊かになる前に老いる)という特殊な国情に2つの面で対応する必要がある。1つは経済改革を深めて、潜在成長率を向上させ、貧困問題を解決すること。もう1つは、人口政策の調整と積極的な社会保障制度の整備により、急速な高齢化問題の解決を図ることである。

  中国政府は16年、夫婦に第2子の出産を認める政策を実施することになった。過去35年間、中国の経済社会の発展に驚天動地の変化が起こったからだ。合計特殊出生率は80年に2.3だったが、90年代初めには総人口の維持に必要な出生率の2.0まで低下し、現在は1.5前後まで下がった。

  合計特殊出生率が0.1上昇するごとに、高齢化のピーク期における高齢者の人口比率は1.5ポイントずつ低下させることが可能といわれる。合計特殊出生率が1.8に近い水準まで上昇すれば、2036~40年の潜在成長率を0.2ポイント押し上げられる。

  しかし、人口問題に関心を寄せる多くの人々は人口政策自体に注目し、政策を巡る特殊な背景を忘れて、人口問題が複雑で多面的な現象であることを見落としている。そのため安易に楽観的、もしくは悲観的すぎる結論を導き出す。

  例えば、第2子出産さえ認めれば中国の人口問題を簡単に解決できると考える人がいるが、これは楽観的過ぎる。14年には、夫婦のいずれか一方が一人っ子ならば第2子の出産を認めた。この条件に適合する夫婦は全国に約1100万組いたが、第2子の出産を申請した夫婦は15.4%の169万組にとどまった。

  今回、第2子を出産する条件に合う夫婦は約9000万組。政策調整によって多く生まれる子供の数は、15.4%という確率に当てはめると約1386万人にすぎない。もし3年の間に生まれるとすれば、年平均で462万人だけとなる。

  18年以降は、全体的に政策調整の効果がそれほど明確に表れなくなるだろう。中国政府は「未富先老」の試練に対して、けっして人口政策だけに頼るのでなく、経済戦略と社会政策から全方位的な対策を講じている。

  「未富先老」に対応する戦略と、20年に小康社会(ややゆとりある社会)の全面的な実現を目指す任務は、実は同じ意味である。すでに実施済みの政策と改革プランは、人口の長期的な均衡と持続可能な経済成長をともに実現することに着眼している。中国の発展に悲観的な観点を持つ根拠はない。

  中国の指導者は、経済成長の減速を「発展段階ゆえの新常態」と認識している。人口ボーナスを基礎に、生産要素の投入を原動力とした経済発展方式は自発的に放棄した。

  その代わり、供給側の構造改革により転換を加速し、すべての要素の生産性向上を主とする経済成長の動力源を創造しながら、イノベーションを原動力とする経済発展方式に転向している。いくつもの分野の改革を「経済成長を減速させず、潜在成長率を向上させる効果を生み出す」、つまり中国経済に改革ボーナスをもたらすものと位置付ける。

■ 都 市 人 口 の 増 加 が も た ら す 「 一 石 三 鳥 」 の 効 果

  例えば、中国共産党第18期中央委員会第5回全体会議では、都市化率を加速し、20年までに都市戸籍保有人口の割合を45%に引き上げることを要求した。これは、都市戸籍人口を毎年1600万人増加させるということだ。

  このためには、迅速に戸籍制度を改革しなければならない。改革の効果はすぐに表れ、「一石三鳥」の効果をもたらす。1つは、出稼ぎ農民の都市における就業を安定させて労働力化率が高まること。それにより労働力不足と賃金上昇の圧力を緩和し、人口ボーナスを引き延ばすことができる。

  2つ目は、農業労働力を移転する制度上の問題を取り除きながら、資源の効率的な再配分を維持し、すべての要素の生産性を高められることだ。いずれも供給側から潜在成長率を向上するのに著しい効果がある。

  3つ目は、戸籍制度改革は1億人を超す出稼ぎ農民による潜在的な消費を呼び起こす。その結果、需要側から経済成長をけん引することができる。

  次に、中国政府は社会保障など社会政策にも着手する。社会年金保険制度の加入率と保障水準を上げて、高齢者の就業を促進する条件をつくり出す。

  これまで新型農村年金保険制度によって農村の高齢者を、都市住民年金保険制度によって都市部の非就業者や非正規就業者をカバーし、比較的高い加入率を実現してきた。今後は都市と農村全体の住民の加入率を引き上げる目的で、各制度間の相互連携や乗り入れを実現していく。

■ 社 会 保 障 の 充 実 で 、 高 齢 者 の 就 業 促 進

  中国政府は、労働力となる高齢者の割合を引き上げる目標(退職年齢の延長)と、その実現に向けた手段(漸進式)を同時に制定した。中国の労働者は年齢が高いほど教育水準が低く、労働力市場における競争力も弱い。

  実際の退職年齢は、法律で定めた年齢よりも顕著に低い。このため教育や訓練、就業政策の調整を通じて、高齢の労働者の就業能力を底上げし、実際に退職する年齢を上げる必要がある。現在の政策の着眼点は、法定の退職年齢を延ばすことでない。高齢労働者の人的資源の特徴に基づいて就業環境を改善し、就業能力を強化して実際に退職する年齢を引き上げる政策に注目している。(翻訳協力、大和総研)