【2016/2/19 3:30日本経済新聞 電子版】
 「 サ ー ビ ス 産 業 が ア ジ ア を 救 う 」 に 異 議 あ り  
                       アジア総局編集委員 村 山  宏

  「これからはサービス産業がアジアを救う」。リーマン・ショックのあった2008年ごろだったか、欧米への輸出が減ったアジア諸国が生き残るためには、製造業からサービス産業に経済の軸足を移さなければならないと筆者は考えた。だが、アジアの街々を歩いてみてこの考えが根本から間違っていると思うようになった。

  英エコノミスト誌は中国経済の問題点を次のように指摘した。生産過剰の製造業に余剰労働者がため込まれ、サービス産業への労働力移転が進んでいない、と。中所得レベルまで発展したアジアはサービス産業に重点を移すべきだとの見方は理論的には正しい。問題はしっかりしたサービス産業がすぐには出てこない点にある。

■ 閑 古 鳥 な く テ ー マ パ ー ク 群

  サービス産業振興の名のもとに商業モール、テーマパークなどがアジアで続々と生まれた。その多くで閑古鳥が鳴いている。中国上海にある欧州の街並みを模したテーマパークの「オランダ風情タウン」や「テムズタウン」は典型例かもしれない。興味深いアトラクションもなく、観光客にそっぽを向かれてしまった。

  テーマパークが輝くためには創意工夫に満ちた歌や踊りなど催し物があってこそだ。こうしたイベントを運営するには創造性あふれる人材を獲得するだけでなく、何千もの従業員を何百に分かれた各部門で効率よく動かす組織運営能力が必要となる。自動化された工場よりも複雑な連絡系統と個々の動きが求められるかもしれない。

  商業モールも同じだ。建物を建てテナントを呼ぶだけでは成功は望めない。筆者の住むバンコクは観光客でにぎわうが、高級ブランドが入ったモールはどこも人影がまばらだ。品ぞろえは空港の免税店と変わりがなく、免税店で買った方が安く手に入る。モールが成功するためには消費者を集め、楽しませる独自の仕掛けが必要だ。

  だが、多くの新興国では工夫もないまま、不動産建設に毛が生えたような付加価値の低いサービス産業に皆が群がった。誰もができるような産業には参入者が相次ぎ、すぐに飽和状態となる。後は価格の安さで外国人の観光客を呼び込むしかない。これでは行き詰まった付加価値の低い製造業がダンピングをするのと変わりがない。

  付加価値の高いサービス産業といえば、金融、ソフトウエア、新薬開発、コンサルティング、ファッション、文化コンテンツ、医療などだろう。だが、これは先進国が得意とする分野であり、製造業以上に激しい国際競争が待っている。基盤や人材の乏しい新興国が入念な準備もなくこうした産業に参入しても成功は望めない。

■ 製 造 業 の 高 度 化 極 め た 韓 台

  経済のサービス化などという美名に惑わされず、既存の製造業をベースに経済を先進国レベルに引き上げたのが韓国と台湾だ。日本貿易振興機構(JETRO)が集めた各国・地域の国内総生産(GDP)に占める製造業の割合を見てみたい。各国・地域によって製造業の定義は異なるので厳密性は欠くが、傾向はつかめる。

  韓国と台湾は製造業の割合が04年はそれぞれ24%、25%だったのだが、13年は29%、31%に増えている。これは半導体、液晶パネルなどの高度な電子部品産業の成長による。韓台はかつて付加価値の低い電子機器の組み立てを中心としていたが、それを土台としながら半導体のような高度な製造業に移行していった。

  韓台とも電子産業の基盤は十分にあり、そこに集う人材や資金を高度な製造業に誘導できた。さらに中核となる半導体製造が発展することで、周辺産業として半導体設計やソフトウエアなどのサービス産業も育った。製造業の高度化にはサービス産業的な要素も欠かせず、高度化を極めれば製造業もサービス産業も区別はなくなる。

  多くの識者が語るように先進国型の経済成長にはサービス産業への移行は欠かせないが、だからといって慌ててサービス産業に転身しても、基盤のないところから優れた産業は花開かない。逆に安易なサービス産業への移行は経済の停滞を招く。製造業が空洞化する一方で、競争力のないサービス産業が積み上がるだけだからだ。

  成長率が鈍化したマレーシアやタイにそんな兆候が見て取れる。両国とも製造業の割合は下がっているが、そのぶんサービス産業のけん引力が増しているわけでもない。「安易なサービス産業への移行はアジア経済を滅ぼす」。客足もまばらなアジアのモールを通るたびにそう思う。

【 村 山 宏 氏(むらやま・ひろし)プロフィール:アジア編集総局編集委員(バンコク駐在)。1989年入社、国際アジア部などを経て現職。仕事と留学で上海、香港、台北、バンコクに10年間住んだ。アジアの今を政治、経済、社会をオーバーラップさせながら描いている。趣味は欧州古典小説を読むこと。アジアが新鮮に見えてくる。】