毎日新聞経済プレミア【http://mainichi.jp/premier/business/articles/20151228/biz/00m/010/019000c】サイトを転載ご紹介します。『生涯現役プロデューサー』仮ご登録諸兄姉の「下流老人」対策への建設的ご意見ご提言を期待しております。
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  離 婚 、 認 知 症 、 孤 立・・・・
              銀 行 員 を 襲 っ た 老 後 の 貧 困

 「下流老人」藤田孝典さんインタビュー(2)

 失われた20年を経た日本は、一度転落するとやり直しのきかない「滑り台社会」になったと言われる。ごくふつうの暮らしをしていた会社員が、突然「下流」に滑り落ちるきっかけとは何か。20万部を突破した「下流老人」(朝日新書)の著者で、ソーシャルワーカーの藤田孝典さん(33)へのインタビュー2回目は、本人の病気と離婚から生じた孤立が、貧困に直結したケースを紹介する。【戸嶋誠司】

 −−離婚が下流化へのきっかけになるのですか?

 ◆藤田孝典さん: 熟年離婚でそうなるケースが増えています。元銀行員の男性とその奥さんのケースを紹介しましょう。

 某都市銀行に勤めていた男性が63歳で関連会社の仕事を辞めました。退職金は銀行時代も含めてドンと3000万円ぐらい出て、65歳からもらえる年金は月額24万円も。さいたま市にローンを払い終えた持ち家があり、預金も合わせると現金は4000万円ほどあった。ふつうなら悠々自適です。

 ところがストレスの影響かなにか、退職してすぐに認知症を発症しました。男性は奥さんに暴言、暴力をふるうようになり、奥さんが耐えきれなくなって離婚したんです。それがきっかけで転落が始まりました。

 奥さんは専業主婦ですから年金はゼロ。家計は夫の年金24万円に頼る予定でしたが、一緒に暮らせなくなった。どうしたかというと、持ち家を売って折半し、年金も分割したのです。夫が15万〜16万円、妻が8万円とか。2人がそれぞれアパートで暮らし始め、あっという間に下流老人になってしまいました。

  認 知 症 を 発 症 し て 離 婚 、 孤 立

 男性は認知症があって働けませんから、相談に来たときはすでにアパートの部屋はグジャグジャで、家賃も滞納していて、早く出ていってくれって大家さんから言われている状態。大家さんとの間に入って、うちのNPOのシェルターに入ってもらい、保護しました。 

 −−元の奥さんと連絡を取りましたか。

 ◆藤田孝典さん: いえ、取れませんでした。娘さんを通じて事情を伝えると「もう顔も見たくない、会いたくない」と言われました。介護保険の申請をしたのですが、その時点で別にがんが見つかった。結局、この男性は亡くなりました。最期は衰弱も激しくて、早く助けを求めていればこうならなかったのに、という事例でした。

 アパートの部屋を片付けに行ったらすごかった。山ほど健康食品があり、何だかよくわからない宗教のお布施の預かり証が出てきて。そこに50万円とか70万円とか書いてあるんです。どこかの宗教法人にお金を出していたんですね。飲み屋にも借金があった。スナックの領収書もいっぱい。おそらく、話に付き合ってくれる人みんなから何かを買って、お金を払っていたんだと思います。

 −−認知症で孤立して、誰にも頼れなかったんですね。

 ◆藤田孝典さん: そうですね。1人で暮らしていながらほとんど金銭管理ができなくて、あっという間にお金がなくなったんでしょう。周りに頼れる人もいなくて、金銭管理をしてくれる人もいなかった。その男性は最期に「もっと早く藤田さんと出会ってたらよかったよ」と言っていました。

  ち ょ っ と し た き っ か け で 貧 困 状 態 に

 −−病気になったり、家族の介護が降りかかってきたり、離婚したり、仕事を失ったりして孤立した瞬間、貧困が目の前に迫ってくるんですね。

 ◆藤田孝典さん: 介護や病気、失職は誰にでも起こり得ることです。その時、必要以上に自分で負担を背負い込むと追い詰められます。特に、仕事仕事でがんばってきた猛烈会社員ほど、何かが起きた時にがんばろうとして誰かに助けを求めず、孤立しがちです。早くSOSを出せば打つ手はいろいろあります。

 そのために、地域の活動に参加したり、サークルのような疑似家族的な場所を作って参加しておいた方がいいです。周囲とつながりがあれば、「最近調子が悪そうだね」「元気かい?」と気にかけてもらえるし、助けを求めやすい。

 −−こういう人は気をつけた方がいいというアドバイスを。

 ◆藤田孝典さん: パーソナリティー的には、性格的に頑固な人はヤバいです。頑固だったり、意固地だったり、プライドが高かったりすると、柔軟にものごとをとらえられず、選択肢を減らします。生活保護を受けるぐらいなら、介護を受けるぐらいなら死んだ方がまし、という考え方の人にはなかなか支援を届けにくいですから。私たちは「受援力が低い人」と呼んでいます。

 −−そのような関係性はすぐには作れない。40代から準備が必要ですね。

 ◆藤田孝典さん: 今の時代、仕事も健康も含めて何があるか分かりません。何が起きてもおかしくないし、何かが起きてから準備をしても遅いんです。そこでもう一つ準備しておいてほしいことがあります。それは、老後どのぐらい年金をもらえるのかを、ちゃんと調べておくこと。その年金額に合わせて、定年に向けての準備をしてください。いわゆる「生活のダウンサイジング」です。ずっと提唱しています。

 自分が年金をいくらもらえるのかを知らない人、意外と多いんです。でも、ここはとても大切です。というのも、高齢者の8割は「年金しか収入がない」からです。老後の暮らしを年金に頼るしかない。ならば、もっと権利意識を持ってもらいたいのです。年金の支給額も下がっていますし、中高年の方は年金問題を高齢者の問題と思わず、自分の問題として注意深く見てほしいですね。

 さらに、今のうちにリスクを分散しておいてほしい。家族でも預貯金でも、資産でも持ち家でもいいと思うんです。給与以外の収入を確保したり、仕事を続けたりして、リスク低減策を取っておくことが、貧困を回避するのに役立ちます。

 そして、いざ危機が迫ったときに、頼れる社会保障制度を知っておいてください。

◇略歴
藤田孝典(ふじた・たかのり)/NPO法人ほっとプラス代表理事
1982年生まれ。NPO法人ほっとプラス代表理事、聖学院大学人間福祉学部客員准教授、反貧困ネットワーク埼玉代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員。ソーシャルワーカーとして現場で生活困窮者支援をしながら、生活保護や貧困問題への対策を積極的に提言している。著書に「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」「ひとりも殺させない」など。