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     J.I.メールニュース No.714 2015.07.16 発行    <巻頭寄稿文>
   特ダネではないけれど⑤ ギ リ シ ャ の 財 政 危 機
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   「 特ダネではないけれど(5)  ギ リ シ ャ の 財 政 危 機 」
                              新聞記者  松浦 祐子

  財政危機に直面しているギリシャの動向から目が離せない日々が続いています。

  欧州連合(EU)との緊縮策を巡る交渉の決裂から、7月5日の国民投票、その後の合意へと至る過程は、現代版のギリシャ悲劇・喜劇を見ているようでした。

  ドラマの裏側には、壮大な実験でもある欧州統合への理念や歴史があり、ギリシャ、EUのそれぞれの関係者の判断の評価は簡単にできるものではありません。

  このコラムでは、ギリシャよりはるかに多額の借金を抱える日本が、ギリシャ財政危機から学びとれることを考えたいと思います。

  今回の財政危機の直接の要因は、ギリシャが、6月末に返済期限を迎えるIMF(国際通貨基金)からの借金を返せない状況になったことでした。

  ここで、「日本はIMFのような海外機関から借金はしていないし、ギリシャとは違うよな。やっぱり、財政危機なんて起こらないよ」と思った方もいるのではないでしょうか。

  確かに、日本政府の借金は、大半が国民の預貯金でまかなわれていますから、海外から「借金返せ!!」と迫られる形で財政危機に陥ることは、あまり考えられません。

  日本が、海外からの資金に頼ることなく、国内で財政を回せているというのは特筆すべきことです。けれど、かつては、日本も海外から多額の借金をしていたのです。

  第2次世界大戦の敗戦を経て、焼け野原から復興する道程では、世界銀行から総額8億6300万ドルを借りました。世界銀行のホームページには、この借金を使って日本が行った31のプロジェクトが列挙されています。

  東海道新幹線や各地の火力発電、水力発電、東名をはじめとした高速道路などの今でも経済の基盤となっているインフラのほか、トヨタの工場など民間企業の支援にも使われました。

  しばしば、日本の高度経済成長期を振り返るとき、日本人の勤勉さと知恵と努力の成果だと言われます。そのことに間違いはありません。しかし、そこに海外からの「資金」がなければ、やはり経済成長は難しかったのだと思うのです。日本が、完全に自力だけで立ち直ったととらえるのは、謙虚さに欠けるのではないでしょうか。

  日本は、国を立て直すべき時期に、海外から十分に資金を得ることができた幸運な国なのです。そして、この幸運をめいっぱい活かして経済を再興し、1990年に世界銀行への借金を全て返済し終えました。バブル経済の頃まで、40年近くにわたって地道に借金を返し続けていたのです。

  私見ですが、多額の借金を抱えるようになった今でも、世界から「日本は最終的には、借金を返し、財政をマネジメントできる国だ」と一定の信頼を得ているのは、この世界銀行への完済を含め、これまでの日本人の律儀さのイメージが残っているためではないかと思うのです。

  翻ってギリシャ。日本経済新聞(7月6日付)に興味深い記事がありました。

  1830年代にギリシャがバイエルン王国(いまのドイツ南部)から金融支援を受けた際にも返済が滞り、返済交渉が50年に及んだという史実があるというのです。200年近く前の話ですが、現代のギリシャとEUの交渉での両者の不信感の一因にもなっているのでしょう。

  信頼は一度崩れてしまうと、取り戻すのが難しいものです。今回のギリシャの振る舞いによって、これまで安全資産とされてきた「国債」というもの自体への信頼がゆらぎかねず、金融界では、安全な国債とリスクのある国債とを分けるルール作りなどが加速する可能性もあります。

  借金大国である日本の国債が、リスクのある国債と認定されることは十分に考えられ、そうなれば、国債の金利が上昇し、国の予算が組めなくなる・・・。そういった形での財政危機、財政破綻も、現実化してしまいます。

  危機に至らなくても、人口減少、少子高齢化が進む日本では、近い将来、社会を維持するために、海外から資金や人を呼び込むことが必要になることが予想されます。その際に、これまで培ってきた国や国債への信頼は、大きな財産となります。ここで裏切ることは、得策とは言えないでしょう。信頼を維持するためには、国の財政を、民主主義のルールにのっとって、健全化していく姿勢を示し続けるしかありません。

  ここでも、ギリシャは反面教師となりそうです。対応が遅れ、追い詰められるほど、財政の緊縮策と経済成長を両立させることは難しくなり、国民の同意を得ることも難しくなる。そのことを、緊縮策に「No」を突きつけたギリシャの住民投票の結果は示しました。しかも、若者層と中高齢者層で判断が割れ、「世代間の対立・分断」さえもが生じているようです。

  物事の決着の仕方として、「ソフトランディング(軟着陸)」と「ハードランディング(強行着陸)」という言葉が使われることがあります。日本の財政健全化の方法を巡っては、「緊急事態の時には、ハードランディングすればいいじゃないか」との雰囲気が根強いように感じてなりません。けれど、ギリシャの例でも分かるように、ハードランディングは、経済を壊し、国民の自尊心を壊し、国際社会からの信頼を失うだけなのです。「財政健全化策は、ソフトランディングしかない」というのが、ギリシャ悲劇を見た後に、私が得た教訓です。
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【松浦 祐子(まつうら ゆうこ)/プロフィール】
1974年 神戸市生まれ。大学院修了後、1999年新聞社に入社。和歌山、高知での地方勤務、東京での雇用、介護分野、厚生労働省、財務省担当などを経て、現在は新潟で県政を担当。
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