高齢社会NGO連携協議会は、1999年、国連が定めた「国際高齢者年」に、高齢化問題に関係する国内の団体・組織が創設した連合体。財団法人、社団法人、NGO、NPO等50余の正会員に、特別会員と賛助会員をあわせると60余の団体・組織が加盟。個人会員(オピニオン会員)制も併設し、日本生涯現役推進協議会WebサイトにLinkしている。
  高齢者(シニア)の多様な社会活動を促進するための提言に加え、各種イベント、国際的シンポジウム等を開催している。樋口恵子(高齢社会をよくする女性の会理事長)と堀田 力(さわやか福祉財団理事長)両氏が共同代表である。
  標記略称:高連協編著で昨秋出版の「頑張って生きよう!ご同輩」に投稿した生涯現役仲間をご紹介したい。
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  「 歌 の 道 」 で 生 涯 現 役

  国鉄局員であった私は、55歳が定年であった。しかし、思いもかけない分割民営化という未曽有の出来事に直面したのである。そのとき、52歳以上の管理者は一堂に招集されて、辞めるか、あるいは用意された関連企業へ転身するかの二者択一を迫られたのである。ここで私は、このピンチをチャンスと捉えた。組織のしがらみから離れて、自分の能力を活かし、自分らしく生きていくには絶好のチャンスであると、そんな野望を抱いた。
  私の得意技は歌をつくり、歌をうたうこと、よくいうところのシンガーソング・ライターである。在職中に自作の詩曲が4曲レコード化された。だが、世に出て独立するには素養の持ち合わせが不足であることも自覚していたので、かなり危険な冒険の旅立ちであった。冒険は用意周到でなければならないが、私は無謀の面があったことは否めない。
  しかし、思いを叶えるには苦しさに立ち向かって進む勇気が必要だ。自分に賭けてみよう。勇気を振り絞り、叱咤して未知の世界に飛び出したのだ。不安のなかで、まずはイベント企画の仕事を始めた。国鉄の団体旅行で得た知識を活かしたのだ。
  果たして運命は? 私は毎日、今日の幸運を祈った。渡る世間は鬼ばかりではない。拾う神ありで、ライフ・ベンチャー・クラブとの遭遇で私は救われたのである。ライフ・ベンチャーは人生冒険である。まさに、私が賭けてやろうとしたことと同じであった。口には出さなかったが、奇遇というほかはない。
  当クラブは生涯現役を唱導し、実践道場と呼んでいる。当時、世間ではまだ知られていなかった。そこで教えられたことは、自分の持てる知識や経験、そして得意技に磨きをかけ、学んだことを世のため人のためになるよう働きかけること。学びは結構だが、学んだだけでは自己満足に過ぎない。学んだことを活かすよう実践すること。それを生き甲斐にすることだ。そこが生涯学習と違うところであると、こんこんと教えられた。私は生涯現役に共感した。
  ところでイベント企画の仕事は、平成になってバブル経済が崩壊したと同時に一緒にはじけとんでしまった。だが、ここでも救助の手をさしのべてくださる仲間に助けられ、沈没をまぬがれたのだ。
  私はライフ・ベンチャー・クラブを根城にして、歌の道を歩くことができたといって過言ではない。異業種交流であるこのクラブで、交流には事欠かない。人の手の温もりに支えられて、紆余曲折を経ながらも「こころのふるさとを歌う会」を持つことができたのである。
  そして憧れの童謡協会に入ることができて、存分に作詞作曲ができるようになった。思いが叶った。そこでは優秀な作曲家がついてくれて、いい作品に恵まれた。第二の人生25年目にして、童謡祭で歌われた作品がコンクールで最高の賞を戴き、栄誉を手にしたのだ。奇跡である。私は自己実現ができた喜びを感じた。
  人間は大きな喜びを掴むと健康になれる。生涯現役に健康は不可欠である。これからも歌の道に生き甲斐を持って、生涯現役で歩みつづけよう。喜寿を迎えた今年、奇しくも「歌の会」が主催して、ドイツの合唱団を迎え、日独文化交流交歓会を行うという夢のまた夢を現させた。「歌の会」は20周年を迎えた。
  次は自作品の発表会を夢に描いている。(高橋 育郎)