先の見えないフクシマ復興再生課題事例
2014年4月25日 お仕事 私たち『生涯現役社会づくり』推進者の仲間に下記のような厳しい避難生活を送る関係者の多いことを覚えて、来たる5月10日(土)『第20回記念:生涯現役forum』でともに3・11被害の先が見えてない仲間たちのことを市民自治の立場から大いに論議・解決策を話し合おうではありませんか!!
転載関連URL=http://www.belhyud.com/100-00-3-006-10-1-0.htm
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故 郷 を 脱 出 し て 転 々 と
先 の 見 え な い 避 難 生 活 を 送 る 関 係 者
双葉町渋川地区の実家を一人守ってきた義姉は、双葉町を脱出して以来、川俣町、福島市、埼玉県加須市と転々として、現在、福島県白河市郭内の宝酒造工場跡地につくられた仮設住宅で、もとの隣近所の皆さんと一緒に落着いた避難生活を送っています。
皆さんは老齢ですが、近くに畑を借りて野菜づくりをしたり、庭先に花壇をつくったりして楽しんでいるようです。道路や公園の清掃美化では、周辺の地元の皆さんから感謝されているとのことです。地元の皆さんとも顔なじみになり、すっかり地域社会の一員になっている方もいます。朝夕の散歩も欠かさず、自然豊かでお城のある落ち着いた雰囲気の白河が気に入っているようです。
義姉も畑仕事が好きで、帰省するといつもインゲン、大根、ニンジン、キャベツ、かぼちゃ、玉葱と野菜づくめのごちそうがいっぱいでした。「お義姉さんも、みんなと畑仕事をされているのですか」と声をかけると、福島市で仮設住宅暮らしをしていた姉を失ったばかりのこともあってか、「今はなかなか昔のような気力が戻ってこなくて」と寂しそうな笑みを浮かべていました。後で、浪江町の80歳になる従姉妹が白河市内の病院に入院していることがわかりました。
先 の 見 え な い 避 難 生 活 が 続 く 中 で
災害公営住宅の建設や「仮の町」づくりが遅れていることから、法的に3年と決められた仮設住宅での生活を延長せざるを得なくなっています。そのため、各地の仮設住宅の修繕、補強工事が始まっているようです。これまでにも、空き部屋になっている住宅を物置として活用させてほしいというような要望があります。
もっと広い住まいがほしいという人もいます。住環境が優れている県外の住まいに移りたいという人もいます。みんなと一緒に落着いた生活ができている「つくばの国家公務員住宅」に、これからもずっと住めるようにしてほしいという声も聞かれます。つくばの皆さんから誘いがあったが、県が移住を認めてくれない、なんとかならないでしょうかという声も聞かれます。
先の見えない避難生活の疲れからくる体調不良、心の病等で苦しむ町民もいます。仕事がしたいがブラブラしている毎日だと言う人もいます。すっかり仮設住宅での生活になれてしまい、住めば都になってしまったと自嘲気味に語る人もいます。
仮設や借上げ住宅での不自由な避難生活からの脱出なくして、被災者の自立・生活再建への道はありません。しかし、現実には長期化する避難生活の中で、皆さんは望郷の念にかられながらも、「もう、あの双葉町には戻れない」と、今の地に落ち着こうとしているようです。
しかし、いよいよ原発避難生活が長期化し、もはや我が家や我が町には戻れないことがはっきりしてくるについて、将来はどうなるのかといった絶望感や不安からくるストレスの影響はきわめて深刻です。福島県を離れ、都会の借上げ住宅で避難生活している方の場合は、孤独感からくるストレスも加わって、さらに深刻です。
こうしたストレスを長時間放置しておけば、誰でも肉体的にも精神的におかしくなる心配があります。高齢者のみならず、若い人も子供も幼児も含めて、避難住民すべてにとって身近で深刻な問題です。それではどうしたらいいか。行政の当面大事な役割は、避難生活をする皆さんの面倒をみることではないだろうか。
行政の当面の最優先施策として、皆さんが避難生活を健全に乗り切っていけるよう、一人の犠牲者も出さないよう、皆さんに積極的に声をかけ、広く要望やアイデアを引き出して、万全のケア、フォロー体制をつくってほしいと思います。不幸にして、放射能や避難生活によって健康障害が発生した場合は、精神的不安による場合も含めて、将来にわたって医療費や慰謝料を補償する制度の整備が急がれるべきです。
転載関連URL=http://www.belhyud.com/100-00-3-006-10-1-0.htm
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故 郷 を 脱 出 し て 転 々 と
先 の 見 え な い 避 難 生 活 を 送 る 関 係 者
双葉町渋川地区の実家を一人守ってきた義姉は、双葉町を脱出して以来、川俣町、福島市、埼玉県加須市と転々として、現在、福島県白河市郭内の宝酒造工場跡地につくられた仮設住宅で、もとの隣近所の皆さんと一緒に落着いた避難生活を送っています。
皆さんは老齢ですが、近くに畑を借りて野菜づくりをしたり、庭先に花壇をつくったりして楽しんでいるようです。道路や公園の清掃美化では、周辺の地元の皆さんから感謝されているとのことです。地元の皆さんとも顔なじみになり、すっかり地域社会の一員になっている方もいます。朝夕の散歩も欠かさず、自然豊かでお城のある落ち着いた雰囲気の白河が気に入っているようです。
義姉も畑仕事が好きで、帰省するといつもインゲン、大根、ニンジン、キャベツ、かぼちゃ、玉葱と野菜づくめのごちそうがいっぱいでした。「お義姉さんも、みんなと畑仕事をされているのですか」と声をかけると、福島市で仮設住宅暮らしをしていた姉を失ったばかりのこともあってか、「今はなかなか昔のような気力が戻ってこなくて」と寂しそうな笑みを浮かべていました。後で、浪江町の80歳になる従姉妹が白河市内の病院に入院していることがわかりました。
先 の 見 え な い 避 難 生 活 が 続 く 中 で
災害公営住宅の建設や「仮の町」づくりが遅れていることから、法的に3年と決められた仮設住宅での生活を延長せざるを得なくなっています。そのため、各地の仮設住宅の修繕、補強工事が始まっているようです。これまでにも、空き部屋になっている住宅を物置として活用させてほしいというような要望があります。
もっと広い住まいがほしいという人もいます。住環境が優れている県外の住まいに移りたいという人もいます。みんなと一緒に落着いた生活ができている「つくばの国家公務員住宅」に、これからもずっと住めるようにしてほしいという声も聞かれます。つくばの皆さんから誘いがあったが、県が移住を認めてくれない、なんとかならないでしょうかという声も聞かれます。
先の見えない避難生活の疲れからくる体調不良、心の病等で苦しむ町民もいます。仕事がしたいがブラブラしている毎日だと言う人もいます。すっかり仮設住宅での生活になれてしまい、住めば都になってしまったと自嘲気味に語る人もいます。
仮設や借上げ住宅での不自由な避難生活からの脱出なくして、被災者の自立・生活再建への道はありません。しかし、現実には長期化する避難生活の中で、皆さんは望郷の念にかられながらも、「もう、あの双葉町には戻れない」と、今の地に落ち着こうとしているようです。
しかし、いよいよ原発避難生活が長期化し、もはや我が家や我が町には戻れないことがはっきりしてくるについて、将来はどうなるのかといった絶望感や不安からくるストレスの影響はきわめて深刻です。福島県を離れ、都会の借上げ住宅で避難生活している方の場合は、孤独感からくるストレスも加わって、さらに深刻です。
こうしたストレスを長時間放置しておけば、誰でも肉体的にも精神的におかしくなる心配があります。高齢者のみならず、若い人も子供も幼児も含めて、避難住民すべてにとって身近で深刻な問題です。それではどうしたらいいか。行政の当面大事な役割は、避難生活をする皆さんの面倒をみることではないだろうか。
行政の当面の最優先施策として、皆さんが避難生活を健全に乗り切っていけるよう、一人の犠牲者も出さないよう、皆さんに積極的に声をかけ、広く要望やアイデアを引き出して、万全のケア、フォロー体制をつくってほしいと思います。不幸にして、放射能や避難生活によって健康障害が発生した場合は、精神的不安による場合も含めて、将来にわたって医療費や慰謝料を補償する制度の整備が急がれるべきです。