日経経済教室:『高齢』定義,見直しの時②
2014年4月6日 お仕事『 高 齢 』 の 定 義 、 見 直 し の 時
国立社会保障・人口問題研究所副所長 金子 隆一
平 均 余 命 延 長 に 対 応
健 康・能 力 応 じ 活 躍 の 場 を
学術的にも、このことに着目して高齢を定義し直そうとする動きが出てきている。日本老年医学会は昨年秋に高齢者の定義について検討会を設けた。また主として高齢者の健康度の改善を測定する目的から、健康寿命(生存期間のなかで健康に過ごせる平均期間)という指標の研究も盛んになってきた。
ここでは、人口統計指標の一つである「平均余命等価年齢」と呼ぶ指標から高齢化の見通しを再考してみたい。この指標は、各時代で平均余命の等しい年齢を同じ年齢とみなす考え方である。
以前からあった指標だが、ウィーンの国際応用システム分析研究所の研究員だったウォーレン・サンダーソン氏とセルゲイ・シェルボ氏がこれを用いた一連の高齢化研究を科学誌ネイチャー(2005年)やサイエンス(2010年)に発表。世界的な高齢化の中で脚光を浴びるようになってきた。
日本における1960年、1990年、2010年、2030年、2060年の各時期の平均余命とともに、各時期で平均余命が1960年時(男性11.6年、女性14.1年)と同じになる平均余命等価年齢を示し、新定義と表記した。各時期のこれらの年齢は、1960年当時の65歳と同程度の健康状態にある人々の年齢を示すと考えられるので、1960年を基準とした新しい「高齢」の定義とみることができる。新定義による高齢の開始年齢は、長寿化に伴い後年になるほど高くなっている。
新たな定義に基づいて算出した高齢化率を、従来の高齢化率(歴年齢で65歳以上に固定)と比べると、1960年時(従来、新定義ともに5.7%)、1990年時(従来12.1%、新定義6.6%)、2010年時(従来23.0%、新定義10.4%)、2030年時(従来31.6%、新定義15.9%)、2060年時(従来39.9%、新定義19.8%)となる。新定義ではおおむね高齢者の割合が半分程度に低下することがわかる。
人口オーナス(人口負荷)を表す従属人口指数も、新定義による指標と比べて計算すると、1960年時(従来、新定義ともに55.7%)、1990年時(従来43.5%、新定義33.1%)、2010年時(従来56.7%、新定義30.7%)、2030年時(従来72.2%、新定義35.5%)、2060年時(従来96.3%、新定義40.7%)となる。従来の指標では1990年の約44%がほぼ最低水準だったが、新たな指標では最も負担が大きくなる2060年でもこれを下回り、負担増は緩やかだ。
このようにわが国の強みである長寿化の真価を生かせば高齢化の将来像は違って見えてくる。高齢化の実像に接近するには、高齢の定義を実態に即した柔軟なものとすることが有効である。健康面から「高齢」の把握を目指す指標には健康寿命があるが、これを用いた等価年齢が算出できれば、年齢ごとの健康度をより正確に把握できる。算出には「健康」の定義や測定の難しさがつきまとうが、社会的な要請は強いだろう。
今回、日本社会が長寿化を目指して努力してきたことが、人口高齢化の困難を促進するのではなく、むしろ克服する鍵となることが示唆された。健康で活力を持つ高齢者が増えてきたなかで、高齢者は一方的に扶養されるものという観念を捨てることが重要である。厚みのある高齢層は、日本にとっての大きな資源となり得る。
一方、加齢による衰えは個人差が大きい。このようなデーターを一律に当てはめ、定年や年金支給開始年齢などの決定に短絡するようでは、本末転倒である。というのは、紹介した指標の政策的意味は、「高齢」を時代差や個人差も全て含めて柔軟にとらえることこそが、高齢化の将来を変える手掛かりになるということだからである。
つまり、平均寿命が延びた恩恵を享受するには、高齢者がその健康の程度や能力に応じて活躍できる社会作りが先決である。ICT(情報通信技術)や、高齢化で生じるハンディを補うノーマライゼーション、バリアフリーインフラといった技術と連携しつつ、年齢固定的な社会制度や企業経営の改革を急がなくてはならない。 以 上
国立社会保障・人口問題研究所副所長 金子 隆一
平 均 余 命 延 長 に 対 応
健 康・能 力 応 じ 活 躍 の 場 を
学術的にも、このことに着目して高齢を定義し直そうとする動きが出てきている。日本老年医学会は昨年秋に高齢者の定義について検討会を設けた。また主として高齢者の健康度の改善を測定する目的から、健康寿命(生存期間のなかで健康に過ごせる平均期間)という指標の研究も盛んになってきた。
ここでは、人口統計指標の一つである「平均余命等価年齢」と呼ぶ指標から高齢化の見通しを再考してみたい。この指標は、各時代で平均余命の等しい年齢を同じ年齢とみなす考え方である。
以前からあった指標だが、ウィーンの国際応用システム分析研究所の研究員だったウォーレン・サンダーソン氏とセルゲイ・シェルボ氏がこれを用いた一連の高齢化研究を科学誌ネイチャー(2005年)やサイエンス(2010年)に発表。世界的な高齢化の中で脚光を浴びるようになってきた。
日本における1960年、1990年、2010年、2030年、2060年の各時期の平均余命とともに、各時期で平均余命が1960年時(男性11.6年、女性14.1年)と同じになる平均余命等価年齢を示し、新定義と表記した。各時期のこれらの年齢は、1960年当時の65歳と同程度の健康状態にある人々の年齢を示すと考えられるので、1960年を基準とした新しい「高齢」の定義とみることができる。新定義による高齢の開始年齢は、長寿化に伴い後年になるほど高くなっている。
新たな定義に基づいて算出した高齢化率を、従来の高齢化率(歴年齢で65歳以上に固定)と比べると、1960年時(従来、新定義ともに5.7%)、1990年時(従来12.1%、新定義6.6%)、2010年時(従来23.0%、新定義10.4%)、2030年時(従来31.6%、新定義15.9%)、2060年時(従来39.9%、新定義19.8%)となる。新定義ではおおむね高齢者の割合が半分程度に低下することがわかる。
人口オーナス(人口負荷)を表す従属人口指数も、新定義による指標と比べて計算すると、1960年時(従来、新定義ともに55.7%)、1990年時(従来43.5%、新定義33.1%)、2010年時(従来56.7%、新定義30.7%)、2030年時(従来72.2%、新定義35.5%)、2060年時(従来96.3%、新定義40.7%)となる。従来の指標では1990年の約44%がほぼ最低水準だったが、新たな指標では最も負担が大きくなる2060年でもこれを下回り、負担増は緩やかだ。
このようにわが国の強みである長寿化の真価を生かせば高齢化の将来像は違って見えてくる。高齢化の実像に接近するには、高齢の定義を実態に即した柔軟なものとすることが有効である。健康面から「高齢」の把握を目指す指標には健康寿命があるが、これを用いた等価年齢が算出できれば、年齢ごとの健康度をより正確に把握できる。算出には「健康」の定義や測定の難しさがつきまとうが、社会的な要請は強いだろう。
今回、日本社会が長寿化を目指して努力してきたことが、人口高齢化の困難を促進するのではなく、むしろ克服する鍵となることが示唆された。健康で活力を持つ高齢者が増えてきたなかで、高齢者は一方的に扶養されるものという観念を捨てることが重要である。厚みのある高齢層は、日本にとっての大きな資源となり得る。
一方、加齢による衰えは個人差が大きい。このようなデーターを一律に当てはめ、定年や年金支給開始年齢などの決定に短絡するようでは、本末転倒である。というのは、紹介した指標の政策的意味は、「高齢」を時代差や個人差も全て含めて柔軟にとらえることこそが、高齢化の将来を変える手掛かりになるということだからである。
つまり、平均寿命が延びた恩恵を享受するには、高齢者がその健康の程度や能力に応じて活躍できる社会作りが先決である。ICT(情報通信技術)や、高齢化で生じるハンディを補うノーマライゼーション、バリアフリーインフラといった技術と連携しつつ、年齢固定的な社会制度や企業経営の改革を急がなくてはならない。 以 上