先月28日(土)午後慶応義塾大学日吉校舎協生館で開催の日本医学教育学会の市民公開講座で同教育学会名誉会長/聖路加国際病院医院長:日野原重明先生の講演報告をNPO法人ライフ・ベンチャー・クラブ水上 久忠理事(記録)からいただきましたので下記ご紹介します。 
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  2012年10月4日で101歳になられる「日野原先生の長寿から学ぶ」の秘訣とは何かという演題でお話しをまとめてみます。日本医学教育学会には創設時から関わっています。今回は素晴らしい慶應義塾大学日吉校舎での日本医学教育学会と市民公開講座にお招きいただいたことはとても光栄です。

  慶應義塾大学の創立者であられる福沢諭吉先生より「その偉大な生き方から」多く学びました。日野原先生は医療や医療制度を良くしてゆくのは医師や看護師ではなくて患者自身による発言が大きいと指摘されました。医療進化は一般の皆さん(患者や市民)の参与がとても大切なことなのです。

  日野原先生は人生の節目で2度ほどの病気を煩いました。最初は10歳の時に急性腎炎に罹り、本人自身は外で遊びや運動をしたかったのですが、医師からは止めさせられました。こころが沈んでいたおり母は高名なビアノ先生のレッスンを4年間程受けさせてもらったお陰で音楽を嗜むことが出来る様になったそうです。

  また、2度目は京都大学医学生になった時に結核性の病気を煩い自宅で静養をしなくてはいけなくなりました。その絶対安静しなければならないときに妹がビクターの蓄音機で音楽を聴くことができるようにしてもらい、沢山の音楽を聴き、そして音譜などを学びました。健康回復後その貴重な体験・知識が、音譜をなしで、指揮ができる指揮者としてもてはやされた。

  また、音楽の効用は多くの患者に音楽治療として役に立つ事が立証され、こんにち3,000人の医療人材の養成をしてきました。病気をしたことは、そのときはとても辛いことでしたが、その病気のお陰で思いがけない新しいなにかができることの幸せを得ることが出来たのです。

  それは病気を悲願することではなく、耐えることの大切さを教えられたということになります。いかなる悲しみの時にも、人間がそれに耐えるということがどのような意味をもっているか、耐えることによって人間が本当の人間として生まれ変わることができます。

  長寿の秘訣は「生きがい、何を生きがい」とするのかが大事です。人はかならずジィ・エンドの幕引きが来るのです。これを人は避けることができません。どんな生きがいを持って生活するかが長寿の秘密なのです。22時に寝床に入り、早起きする。体重も30歳のときとおなじように維持する。168cmで60kgに保つことが長寿の秘訣です。

  成人病という表現から習慣病にと言う言葉に代えるのは大変な苦労がありました。かのアリストテレスも『倫理集』で習慣とは藝術ようにくり返す行動だと。医師としての私の生き方を方向づけてくれた人がウィリアム・オスラー博士です。博士は、「習慣がつくる、こころも体も」という博士の慧眼で「習慣」と「病気」の因果を解説しております。

  日野原先生は1957年「成人病予防対策協議会」で「成人病予防週間要綱」を作成しました。1977年「成人病」に変わる「習慣病」という言葉に変更すべきだという報告書を政府に建議をしましたが、抵抗にあい取り上げられませんでした。約20年後の1996年にやっと「公衆衛生審議会」で「生活習慣病」の概念を導入することが認められました。

  本当に正しい医学用語を普及させるのにはとても時間がかかるということを体験しました。昨今、肺がんになる成人が多いのですが、中々禁煙をしてもらえないのが現状ですが、孫に言ってもらうと効果があるそうです。大事なのは、これから医師や看護師中心の医術からヒューマン医学(市民が語る医学)の時代にしたいです。

  真の健康は、こころの希望や生きがいに関係してまいります。これに対して欲望は、物や財産、名誉、地位などです。そこで、フロムは2つの生き方を明示しました。前者は希望を中心にした人生観であり、そして後者は欲望を中心した人生観です。私としては、限りある人生でも最後は感謝の心を持ちつづけ、感謝の言葉を周囲に残すことが出来たら、それが最上の生き方であり、真の健康を習得できる哲学だと思っております。もしも私に借りがあるとしたら、私に返すのではなくてこれまでお世話になった誰かに返して上げてください。それよいのです。

  最後に皆さんにお伝えしたいことは、あなたの「人生の生き方」には、2つあります。そのひとつは自分のために時間を使うという生き方をする。2つめの「人生の生き方」は人のために使った時間です。寿命とは誰のために使うのかといえば、他者のために使うためにあるのです。命は触れない。心臓や命は機械なのです。命は見えない。命とは時間なのです。命とは時間の証である。人は常に命をどのように使うのかを問われてます。