失  敗  を  恐  れ  ず   前  進  あ  る  の  み

  考えてみれば、まさに “ 千里の道も一歩から ”で、その第一歩をまず刻まなければ前進できないことは明白すぎる事実なのである。無限のの可能性をを秘めた進歩発展への夢を描く場合、失敗を恐れてはならない。失敗への恐れや、他人の評価、思惑に気をおもねることは、進歩を妨げる虚栄や見栄に過ぎぬ場合が多い。実際のところ、最初から失敗を恐れていれば、何ごともできないのが現実である。

  進歩発展への夢を少しずつ実現させていくための失敗や壁など、いわば前進へのワンステップのようなものだ。周囲を見まわしても、人生のスネに “ 傷 ”なく、失敗を一つもおもたない人は、実は行動しない人であり、味も素っ気もない人生を送る人たちなのだと思えばよい。買って、証券投資のノウハウを習得していた頃を振り返ると、実際、失敗と成功の繰り返しの一語に尽きることがよくわかるのである。

  華僑の人たちは、どんな大邸宅に住んでいようと、事業に失敗すればいさぎよくその門前で物乞いしてでも、』次の再起に備える覚悟をもっているという。ベンチャー精神の見事な手本といえる。

  ライフ・ベンチャー事業の経営を経験してわずか一年余の私だが、人にはいえない苦しいこともあった。そんな時、私は将来の進歩発展の夢をいろいろとビジュアライズして闘志を奮い立たせることに努めた。他人からの批判や忠告に謙虚に耳を傾けようと心がけた。他人の評判や批判を恐れ嫌がる心は、やはり虚栄心にほかならず、それにとらわれ見栄をはる人は、反面、周囲に接する人たちを甘く見下していることにきづいてはいないのだ。

  ライフ・ベンチャーは、「 ベンチャーする以上、社会に有益な事業をするのだという確信さえ失わなければ、次第に事業として進歩発展への道はたどれるはずだ 」という信念に支えられている。高齢化社会を活性化するのは、ライフ・ベンチャーによる行動をおいてはほかにないと信じて疑わない。

  中高年を迎える未来の潜在協力者はこの世の中に無数に存在するのである。そうした数多くの人たちのアイディアを得て事業展開の “ 共同戦線 ”をはることができればすばらしいことである。

  無限の可能性を秘めた進歩発展を夢みるライフ・ベンチャーは、長寿社会に心の通い合う同志を見つけようとする “ 宇宙船 ”のようなものなのである。  つづく