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  S  N  S  で 知 っ た 友 人 の 過 労 死
       組 織 は な ぜ 出 る 杭 を 打 つ の か

 かなり長い間、書くべきかどうか悩んだが、やはり書くことにした。2016年初、突然、亡くなった友人Aさんのことだ。まだ40代半ばだった。

 Aさんの死については、奥様が彼のSNSアカウントに掲示した投稿で知った。死後4カ月は経過していただろうか。奥様は、あまりに突然のことで何をすればいいのか分からず、市役所に通って教えてもらいながら各種手続きに追われていたという。彼のSNSアカウントに入るのも、一苦労だったようだ。

 Aさんとは7年前、取材を通じて知り合った。とあるメーカーの技術者で、何度か取材を重ねるうちに、お互いの興味の対象が似ていたことから、いつしか友人になった。Aさんは東京から離れた場所に住んでいたため、お互いのいる場所の近くで仕事が入ると連絡を取り合って飲みに行ったり、記者が仕事で壁にぶつかった時に相談に乗ってもらったりしていた。

 彼の自慢は、奥様と協力しながら建てた戸建てのマイホームだった。「設計は奥様が担当した」と生前、誇らしげに語っていたのを覚えている。

 「彼女(奥様)は設計なんてやったことのない素人だけど、間取りとか使いやすい動線を考えるのは、(実際に家を使う主婦である)彼女の方がいいと思って。最初はなかなか良いのが出てこなくて、何度も突き返した(笑)。でも、そうこうしているうちに、すごく良いのが出てきたんだよ。『こんな設計、オレでもムリかも』というような素晴らしいのが」

 「へえ~。そうなんですか。どんなお家か、いつか見てみたいなあ」

 こんなやり取りをしたのは5年くらい前だろうか。家を見てみたいという記者の願いは、先日、「Aさんの仏壇に線香を上げる」という悲しい理由でかなうことになった。

家族の温かみを常に感じられる家

 ご自宅を訪問すると、小学生と高校生の2人のお子さんが出迎えてくれた。家はシンプルな長方形の2階建てで、右手角にある玄関を入るとすぐに全体が見渡せる構造になっていた。1階は壁のないキッチンとリビング。中央部分が屋根まで吹き抜けになっていて、2階に続く階段があった。2階にはどうやら、吹き抜けの両側に部屋があるようだった。

 「大豪邸」というわけではないが、木目調で温かみがあり、Aさんが生前に自慢していたように、省エネ効率の良さそうな家だった。中央の吹き抜けから上昇した暖かい空気が家中を駆け巡る仕組み。壁が少なく全体を見渡せるので、家族の温かみも感じられそうだ。

 「良い家だなあ」と感心していると、キッチンから奥様が顔を出した。

 「遠くからわざわざすみません」

 「いえいえ、それよりこんなにもお線香を上げにくるのが遅くなってすみません」

 こんなやり取りをした後、奥様とリビングに座り、コーヒーを飲みながら話した。

 Aさんとは、たくさん取材をさせてもらう中で親しくなったこと、Aさんが奥様やお子さんのことをいつも誇らしげに話していたこと、取材とは関係ないのに親身になって記者の相談に乗ってくれていたこと・・・・。

 しばらくそんな話をした後、どうしても聞きたかったことを聞いた。「Aさんがなぜ亡くなったのか」ということだ。

 正式な病名は長すぎて記憶していない。2015年秋頃から仕事のことで悩み、自宅から病院に通う療養生活を数カ月間、送った頃、自宅で倒れたのだそうだ。いわゆる「過労死」だ(参考記事)。

 優秀だからこそ背負った責任

 Aさんは会社の中でも突出した実力を持つ人材だった。大手メーカーに勤めていた経験が買われ、規模こそ小さいものの、地元では名の知れたメーカーに転職した。記者がAさんと会ったのは、その会社の技術系職場の管理職に就いていた時だった。

 Aさんは管理職に向いていたと記者は思う。取材に行った時も部下と仲が良さそうだったし、面倒見の良い性格だった。社内の技術研修の講師も務めていて、取材をさせてもらったことがあるが教え方もうまかった。ちなみにこの話をAさんのお子さんたちにしたところ、「うっそ~!」と驚かれた。家庭では徹底して「自分で学べ」というスタイルを貫いていたようだ。

 技術者としても高い実績を残していた。ある製品を開発し、業界では知らぬ者はいない著名な賞を受賞していた。その会社では、かなり稀有で目立つ存在だった。

 そんなAさんがある時、営業の担当になった。都内でランチをしながらその話を聞いた時、記者はあまりの意外さに驚きの声を上げた。

 「Aさんほど高い実績を上げている技術者は社内にいないのではないですか? なのに営業になるのはもったいないのでは……」

 するとAさんは、自分自身を納得させるかのようにこう話していた。

 「会社としては、『お前が開発した製品なんだから、お前が売れ』ということなんだろう。確かにこの製品のことは、自分が一番よく分かっている。だから売る自信もある」

誰の目も届かない部署に配属

 より詳しい状況を奥様に聞くと、営業は営業でも他の営業部門とは別の組織になっていたという。所属するのはAさん一人で、上司がいるにはいたが、Aさんが開発した製品のことをほとんど知らない人物だったために実際には機能していなかった。Aさんは、大好きだった技術職からも管理職からも外された上に、誰の目も届かない「たった一人の部署」に配属されたのである。管理職から外れたので給料も下がったそうだ。

 Aさんはこの部署に配属になった後、精力的に営業活動を展開していたという。毎日のように出張して製品を売り歩き、「自宅に帰ってくるのは週に1~2回という時もあった」(奥様)。

 ある時からAさんが急激に痩せ始めたことには記者も気づいていた。だが本人は、「炭水化物制限をしてダイエットに成功した」と笑顔だった。奥様にも同じことを言っていたらしい。

 Aさんは責任感の強い人だったし、弱音も吐かない人だった。実際には追い詰められていたのに、たった一人の部署では助けも求められず、誰にも相談できなかったのだと思う。

 労災で訴えても家族を苦しめるだけ…

 「社長さんはまだ線香を上げに来てくれないんです」

 奥様がそう言うのを聞いて、無性に腹が立った。奥様は専業主婦だが、夫を失った今、2人の子供を養うために仕事を探さなければならない。2人とも大学はこれからだから、相当のカネがかかる。会社を訴えて、少しでも金銭的に楽になった方がいいのではないかと、記者は思った。

 「これは労災です。訴えたら勝てるのではないですか?」

 すると、奥様は静かに答えた。

 「そう言ってくださる方は多いんですが、止めることにしました。弁護士さんに相談したら、『勝てる可能性はある』と言われたけれど、実際に法廷で戦うとなると、子供たちを証言台に立たせないといけないらしいんです。それだけはしたくない」

 会社から養育費をいくらか出してもらえたことも、法廷で戦うことをやめた理由の一つのようだった。そして、こう続けた。

 「社長さんは1回もうちに来てくれていませんが、役員の方や同僚の皆さんは、いまだに通ってくれているんです。そんな人たちを敵に回したくない」

 「それから、大手企業の偉い方や大学の教授まで、たくさんの人がいまだに線香を上げに来てくれています。主人は本当に人脈の広い人だったんだ、すごい人だったんだって、今になって思い知らされています」

 気づいたら、Aさんの自慢だったご自宅に4時間も滞在していた。

社員を失い、売り上げも失う会社

 Aさんの死を知って、「組織はなぜ出る杭を打とうとするのか」という疑問がわいた。普通に考えれば、「優秀な人材を適切な場所(適材適所)で生かす」というのは、組織の利益を最大化するために不可欠な行為だ。なのになぜ、組織の利益を削ってまでも、優秀な人材を排除(としか記者には思えない)しようとするのか。そこが分からなかった。


 ところが、よくよく話を聞いて分かったことがある。Aさんを営業に回したことは、短期的な視点で見れば組織の利益を拡大させていた。Aさんの製品が、今になってどんどん受注を勝ち取っているからだ。Aさんの営業の成果で、売り上げは億単位だという。

 だが、売れる製品をもっと開発できたはずのAさんは、もういない。もしいれば、その会社はもっと潤っていただろう。

 会社として本当に大切なことは何か。感情論だけではなく、長期的な視点で考えれば、その答えはおのずと見えてくるはずだ。

 Aさんのような人をこれ以上、生み出してはいけない。Aさん、どうかゆっくり休んでください。