日 本 生 涯 現 役 推 進 協 議 会 &  
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  日経新聞オピニオン欄の同本社コメンテーターの梶原 誠(かじわら・まこと)氏【東京、ニューヨーク、ソウル、香港を拠点に編集委員、論説委員、英文コラムニストなどを務めた。興味分野は「市場に映るものすべて」】記述「国民総株主論」は、国民主体の超高齢社会日本のデフレ環境問題打開策として、ぜひ諸兄姉だけでなく、企業・証券業界ご関係各位にも、Deep Insight(心眼力?)を発揮していただきたく、下記にご紹介しておきたい。
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  カ ー プ が 説 く 「 国 民 総 株 主 」 本社コメンテーター  梶原 誠

 1945年8月6日、原爆の投下を受けて広島は焦土化した。その後、奇跡的な復興を遂げたが、株式が重要な役割を果たしたことを、広島以外の人はほとんど知らない。

 広島東洋カープの前身である「広島野球倶楽部」が設立されたのは、原爆投下から5年後の50年だった。野球の盛んな土地である。地元のリーダーは球団の活躍が人々のすさんだ心を癒やすと読んだ。そして設立資金は、株の購入を人々に広く呼びかけて集めた。

 当時の事情が分かる公文書を、広島県立文書館が保存している。球団設立の翌51年、県知事と広島市長が連名で、外国に住む広島出身の移民にカープへの資金支援を求めた手紙だ。株で幅広く資金を募る強みを、こう訴えている。「支援金の拠出者即株主であるから、大衆が自分のチームだということを意識している」と。

 株を持つことで、多くのファンがチームと一体になれると期待したのだ。さらに、当時約1万人いた株主の属性をこう説明している。「原爆についえた広島県市民が復興のともしびとするため、零細な涙の出るような金を集めて日夜支援している」

 人ごとではなかったから、なけなしのお金を出したから、観客の声援もヤジも激しかった。カープはそんな重圧を受け止めたからこそ努力を重ねて強くなり、広島復興の象徴になった。一つの企業や個人がポンとお金を出して球団を作っていたら、ここまでの求心力は得られなかっただろう。

 私はこのエピソードを、広島の「いい話」にとどめるべきではないと考えている。数多くの株主がオーナーの自覚を持ち、企業を囲んで叱咤(しった)激励する。企業はそんな株主に報い、社会全体が栄える――カープ創生期に浮かぶのは、企業と株主の対話が生む好循環であり、経済成長に欠かせないメカニズムだ。

 くしくも「経営の神様」と呼ばれた伝説の人物は、カープと全く同じ発想で戦後日本の再生を描いていた。パナソニックを一代で築いた松下幸之助(1894~1989)である。

 幸之助は67年に公表した論文「株式の大衆化で新たな繁栄を」で、「国民のすべてがどこかの株主であるというようなところまでもってゆければ……」と、「国民総株主論」をぶち上げた。戦後の財閥解体で株の分散が進んだだけに、幸之助の目には株式文化が国に根付く好機に映った。

 だからこそ幸之助は、市場を担う株主、企業経営者、証券会社に変化を求めている。松下幸之助も大衆が広く株を持つよう説いた 。

 株主には株を手放さず、何代にもわたって持ち続ける「永久投資」を提案した。そうしてはじめて企業の主人公としての自覚が生まれ、企業にも堂々と物が言える。

 経営者には、「自分の主人である株主の利害に対しては、自分のこと以上に真剣にならなければいけない」と求めた。

 そして証券会社には、「大衆的個人株主をできるだけ多くつくってゆく」ことが使命と説いた。株主の数が増えれば、株主あたりの売買が減っても全体の売買は増え、証券会社の手数料収入も増えると主張した。

 幸之助が目指した「株式立国」はどんな姿だったのか。側近の坂口保雄が、幸之助の肝煎りで48年に設立した「ナショナル証券(現SMBCフレンド証券)」の足跡を追うと、2つの到達点が浮かび上がる。

 まず、企業が成長する国だ。幸之助は創業時、坂口に「株の問屋になれ」と助言した。通常の在庫の価値は時と共に減少するが、株は逆で配当も入る。企業の成長を前提に、証券会社は「一番確実で良い問屋業」と説いた。

 次に、人々が株を生活に組み込み、報われる国だ。坂口の長男で同社の社長を務めた坂口忠一はしばしば、米国でのウォルト・ディズニー株の位置づけを力説した。「孫の誕生日にディズニー株を贈り、配当や値上がり益を将来の学費に使えるようにしている」と。

 長期保有の株主が増え、ゆえに企業との対話も深まり、企業は成長して株主に報いる――幸之助はこんな国のかたちを描いていた。

 カープの株は今、企業やオーナー家が握っているが、広島の人々は「市民球団」の看板を下ろしていない。創設時の球団と株主の優れた関係が語り継がれているのだ。幸之助の論文も、市場関係者や当局者の間で読み継がれている。カープや幸之助が目指した企業と株主の関係は、真理を突いていると私は思う。

 バブル崩壊以降、日本の株式市場は悪循環を続けた。長期的に成長する企業は減り、報われない長期投資家は市場に寄りつかなくなった。短期的な値ざやを狙う投資家の存在感は高まったが、それは経営者が株主を軽視する口実にもなった。悪循環の末路が、今も30年前と同じ水準にとどまっている日経平均株価であり、長期的なデフレにほかならない。

 そんな今だからこそ、カープの経験も幸之助の指摘も輝きを増す。株主は長期的なオーナーとしての責任感を持って企業に接しているか。企業はそんな投資家に株を持ってもらえるような経営をしているか。証券会社は長期的な株主の裾野を広げる使命を果たしているか――長期デフレは日本の「第2の敗戦」でもある。原点に戻って問い直すべき時は、とうにきている。(敬称略)