プロジェクトマネージャー達の挑戦 第4回
  プロジェクトマネジメントは社会人教育の救世主
  ~プ ロ ジ ェ ク ト 業 務 に よ る 人 材 教 育 の す す め ~
マネジメント WISDOM編集部 2016年04月22日
【紹介URL=https://www.blwisdom.com/management/practice/pmc/item/10481-04.html?mid=w55500200001164955

 近年、国内市場の成熟化に伴うグローバル化や新製品開発期間の短縮化、労働力の流動化などにより、ビジネスパーソンや企業を取り巻く環境が大きく変わっています。
 このような状況のなか、企業は自社の戦略を確実に遂行できる人材を育成する必要があり、個人は業務遂行能力を高め、自身のキャリア形成や市場価値を高めていく必要があります。
 今回は、社会人教育の現状に触れ、プロジェクト業務による人材育成についてご紹介します。

1. 社会人教育の現状

 平成27年度「能力開発基本調査」(厚生労働省2016年3月31日発表)によると、以下の調査が報告されています。

1)教育訓練に支出した労働者一人当たりの平均額
 ・企業が研修に支出した費用 労働者一人当たりの平均額1.7万円。
 ・企業が自己啓発支援に支出した費用 労働者一人当たりの平均額0.6万円。
2)正社員に対する研修の実施状況
 ・対象者 新入社員57.1%  中堅社員59.6%  管理職層50.9%
3)実施した研修の内容
 ・新規採用者などの初任層を対象とする研修  69.2%
 ・マネジメント(管理・監督能力を高める内容など) 47.8%
 ・新たに中堅社員となったものを対象とする研修 45.9%

 グローバル社会、知識社会に向けて高度人材育成云々と言いながらも、企業の人材教育の現状には寂しいものがあります。
 これから、国内外を問わず企業は自社のコア・コンピテンスに特化し、他企業と補完関係を築き、効率よく、成果を上げる協働関係が増えてきます。そのようなビジネス環境においては、マネジメントの差がそのまま業績に直結します。

2. マネジメントとは、ほかの人々を通してことを成し遂げること

 これは、H・クーンツ、C・オドンヌールによる古典的なマネジメントの定義です。
 プロジェクトマネジメント(以下PMとする)は、人々を通して不確実性を伴うプロジェクト活動を成し遂げることです。自分一人でことを成し遂げるのであれば、目標管理と自己管理(セルフ・コントロール)により、作業を終えることができます。「ほかの人々を通して」は「協働」を意味します。そのためには「見える化」「共有」「合意形成」の3つの要素が挙げられます。

 私のお気に入りのPMの定義に、「PMは、プロジェクトの始まりから終わりまでをマネジメントし、プロダクトの生成と移管に成功をもたらすアート、かつサイエンス」があります。「人が判断し、意思決定をして、人を動かす、人による人のマネジメント」の側面をアート、「過去の経験から導き出された実践的な手法を使い、情報を見える化し、共有し、活動のための合意形成」を行うシステマティックな側面をサイエンスと称しています。PMのソフトとハードの2つの側面を表す、まさに言い得て妙の内容です。

2.1 PMのサイエンスの側面

 米国に生まれたPMは60年ほどの歴史があります。ポラリスミサイル開発に始まり、続くアポロ計画における宇宙開発、国家規模のインフラ建設プロジェクト、そして民間のプロジェクトを通して発展してきました。プロジェクトの期日を短縮し、予算を削減し、より良い品質の成果物を生み出すための技法(スケジュール作成技法、EVMなど)が生み出されました。さらに、実務において有効だった手法を洗い出し、良い実務慣行として体系化しました。その成り立ちから見ても、PMで使われる技法・手法、考え方は実践に即したものです。

【プロジェクトマネジメントの考え方】

プロジェクトの概要を明確にする ⇒ 計画を作る ⇒ 計画に沿ってプロジェクトを実行する ⇒ 実行時は計画からのかい離を早期に発見する ⇒ トラブルには先んじて手を打つ ⇒ プロジェクト業務を完了させ、実績をとりまとめ、次回への教訓をまとめる

 PM講座をやっていて「先がわからないから計画は作りません」と言われたことがあります。衝撃的な言葉でした。
 プロジェクトは不確実性が伴います。何をどうすればゴールに到着するのか、開始時からその道のりがわかっているものではありません。だからこそ計画を重視します。計画を策定し、計画に対して実績がどうなっているかを把握し、先んじて手を打つというアプローチをとります。行き当たりばったりで進めるのではなく、計画に基づいて実施する点はサイエンスの側面と言えるでしょう。

 計画の中でもその中核となるのが、スケジュール作成技法です。エイヤーではなく、実現可能性の高い、根拠に基づいた信頼性の高いスケジュールを作成することがプロジェクト成功の確度を高めます。

部下: プロジェクトが期日までに間に合いそうもありません。増員お願いします。
上司: どの工程が遅れているの?
部下: A工程です。
上司: その遅れは、どの工程に影響するの?プロジェクトの完了にどのくらい影響があるの?A工程にバッファはないの?
部下: えーっと、えーっと。
上司: スケジュールを見てみろ。ネットワーク図はどうなっている?クリティカル・パスを把握しているか?
部下: スケジュールの線はひいてあるんですけど。

 これは、多品種短納期の新製品開発を多数抱えている企業でのお話です。上司の方は、「自分でやっているプロジェクトのネットワーク図を頭に描けないんですよ。スケジュールを作成する数時間を惜しんで、数日を無駄にしている」と憤慨していました。
 スケジュール通りに業務が進むことは稀でしょう。作業見積もりを見誤っていたり、仕様の変更があったり、想定外のトラブルが発生することもあります。しかし、スケジュールの根拠、タスクの関係が理解できていれば、次の手を考えることができます。
 「正しくネットワーク図を作ることができれば、大抵のプロジェクトはコントロールできる」と声高に叫ぶPM関係者もいます。それは極端にしても、スケジュール作成技法はそれぐらい重要であり、有用なスキルです。

2.2 PMのアートの側面

 プロジェクトマネージャーは、プロジェクトの成功に責任をもちます。プロジェクトの状況を見極め、意思決定を行い、人を動かし、結果を出すためにその手腕を発揮します。
 PMがサイエンスと呼ばれる側面は、誰もが均質にマネジメントをできるように開発された点にあります。しかし、現実には、プロジェクトマネージャーと呼ばれる人が同じようにプロジェクトを成功させているわけではありません。「あの人がやるとうまくいくんだよね」といったプロジェクトマネージャーがいます。
 そこには「人が実施する」というアートの側面の目に見えない要素として、プロジェクトマネージャーの「感性」があります。

1) 事実を受けとる感性
プロジェクト業務にはトラブルが付き物です。トラブルの現象(事実)は1つです。その現象のどこに焦点を当て、どのように定義するかによって、次の行動が変わってきます。

パターンA: これは大変な問題だ。(事実)
しかし、過去にもあれだけのトラブルを解決したことがあるのだから、必ずできるはずだ。(感情)
この分野に長けている〇〇さんに過去に似たようなケースがなかったか聞いてみよう。(行動)
パターンB: これは大変な問題だ。(事実)
このトラブルが起こったのは、〇〇さんが要件定義を曖昧にしているからだ。ほんと腹が立つよな。(感情)
まずは上司に要件定義がなっていないことを報告だ。(行動)


 事実をポジティブに捉えることによって、行動のアプローチが変わってきます。
 ポジティブ思考は、能天気で楽観的になると誤解されがちですが、ここで言うポジティブ思考は、過去の経験、目の前にある事実を分析し、過去の成功した要因や強みを探りだし、リスクも考慮の上で、物事はうまくいくと信じることです。「トラブルに遭遇すると、どうやって解決しようかと頭が高速回転して燃えるんだ」というプロジェクトマネージャーがいます。人を責めることなく、事実を受け止め、解決策に考えを巡らせるポジティブ思考がチームの活性化にもつながり、良い環境を生み出していきます。

2)多様性を受け入れる感性
 奇人、変人、オタクがプロジェクトメンバーだったからこそ成功したというプロジェクトマネージャーがいます。最初はどうなることかと思ったものの、自分の興味あることしかやらない、いったん気になったら徹底してやる、といったそれぞれの個性を強みとして捉え、それらをうまく使うことにより、想定できなかったパフォーマンスを発揮できたという事例もあります。
 現在のビジネス環境では、国籍、性別、年齢、文化の相違などの多様性は当たり前になってきます。この多様性に加え、リーダーシップ、モチベーション、態度・態様などの見える化をすることが難しい考え方や価値観の異質性は、プロジェクト業務において、コンフリクトを生じさせます。そこでは、先入観をもつことなく、行動の根底にある違いを理解し、尊重する感性が求められます。メンバーの強みや、うまくできたことに気づいたら、それらを率直に伝える、それは、強い人間関係を構築することにもつながります。

3)不測の事態を受け止める感性
 新製品開発の際に、社内ポリティックスや同僚の嫉妬から、前から撃たれて、後ろから撃たれ孤立無援になった。それでもなにくそと必死になって仕事をしていたら、海外の本社の偉い人がサポートについてくれて、プロジェクトがうまくいった、という伝説のプロジェクトマネージャーがいます。「敵ばかりと思っていたけど、思いがけないところから味方が現れたんだよね。腐らないことが大切」と懐かしそうに話していました。(ちなみに、プロジェクトが成功したあかつきには、前から、後ろからの狙撃手は自分がやった仕事だと吹聴して回ったとのこと。)このままでは終われない、必ず成功させてやるという、困難を乗り越える強い思いが人を突き動かします。ご本人いわく、「プロジェクトマネージャーに大切なのは、最後の最後は『プロジェクトを成功させるという情熱』だよ」でした。
 大規模・複雑なプロジェクトであれば、困難な課題が次から次へとやってくるし、さまざまなステークホルダーの思惑が交差して、それらの調整にも大きなストレスがかかります。不測の事態に遭遇しても負けない強さ、逆境を乗り越える力が「レジリエンス(しなやかな強さ)」です。「レジリエンス」は、ビジネスパーソンに必要な力として注目を集めています。
レジリエンスを高めるためには、自分ならできるという「自己効力感」を高めること。それには小さな成功体験を積み重ね、その成功を喜び、誉めてあげることです。そして、強みを生かすこと。弱み、不得意な点に焦点を当てるのではなく、できること、成し遂げた事実に焦点を当てます。その心理の背景には、1)で挙げたポジティブ思考があります。しなやかな強さが仕事に取り組む態度・態様になり人を導くことにつながります。

3. 最後に

 PMは、人を通してプロジェクトを成し遂げるいわば知識労働です。人を通してことをなすためには「見える化」「共有」「合意形成」が必要です。そして、プロジェクトマネージャーの「ポジティブ思考」「多様性の受容」「レジリエンス」などの感性は、社会人教育で醸成したい能力です。プロジェクトやPMから学ぶことはほかにも多く存在し、それらを追求していくことが、これからの社会人教育に求められることが想定できます。PMが社会人教育の救世主と成り得る所以です。