仕掛人・玄 秀盛氏の心意気が資本金①
2015年10月3日 お仕事 日経ビジネスオンライン2015/10/03 (土) 9:03:■今週、この一節をご紹介します。
「えっ、こんな子が」と思ったでしょ。それでええねん。一般の人にとって、前科者のイメージはきっと「怖い」「汚い」「きつい」「暗い」「危険」の“ 5K ”といったところ。誰も知り合いたいと思っていない。けれど、刑務所を出てきたといっても、案外普通の人であることが多い。こういう子らがいるというのを世間に知らしめたかった。一般の人にもぜひ出所者に対する偏見を取っ払ってもらいたいというのが俺の願い。
(玄秀盛氏 公益社団法人日本駆け込み寺代表理事)http://nkbp.jp/1JIuqdl
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日本最大の歓楽街である新宿・歌舞伎町に今年4月末、「新宿駆け込み餃子」という、少々変わった名前の居酒屋がオープンした。一見、普通の居酒屋だが、刑務所や少年院を出た人がスタッフとして働く。
開業を仕掛けたのは、公益社団法人日本駆け込み寺代表の玄秀盛氏。これまで13年にわたって、歌舞伎町でドメスティックバイオレンス(DV)やストーカー被害、多重債務、引きこもりなど、様々な難題の相談に応じてきた。来る者を拒まず、独特の関西弁で、トラブルからの脱出策を指南する。場合によっては被害者をかくまい、加害者と対決する。自らも壮絶な半生を送ってきた玄氏。だからこそ、もがき苦しむ人々のあらゆるSOSに応えたいとの思いは強い。
「たった一人を救うために自分がまず動く」――。これが玄氏のモットーだ。刑務所出所者支援の居酒屋のオープンに無事こぎ着けたが、持ち前の行動力で次なる目標の実現に向け、既にひた走る。
「新宿駆け込み餃子」開店までの経緯、現在の問題意識、これから取り組む課題について話を聞いた。(聞き手は日経ビジネス:庄子育子記者)
【玄秀盛(げん・ひでもり)氏:プロフィール/ 公益社団法人日本駆け込み寺代表理事、一般社団法人再チャレンジ支援機構理事。1956年大阪市西成区生まれ。在日韓国人として生を受け、4人の父と4人の母の元を転々として育つ。中学卒業後、28もの業種を経験した後、不動産や金融など様々な事業を興した。2000年、白血病を起こす恐れのあるウイルスへの感染が判明し、金儲けの世界からの卒業を決意。2002年5月に日本駆け込み寺の前身のNPO法人日本ソーシャル・マイノリティ協会創立。2012年公益社団法人を取得。2013年日本国籍取得。2014年4月には一般社団法人再チャレンジ支援機構(代表理事・堀田力氏)を設立し、社会復帰が困難な刑務所出所者などの支援を行なっている】
庄子:まずは、新宿・歌舞伎町で居酒屋「新宿駆け込み餃子」を始めた理由を教えてください
玄:もともと自分自身、13年前から歌舞伎町で、悩みを抱えた人向けの相談活動を行ってきた。駆け込み寺というスタンスで、DV、ストーカー、家出、自殺志願、多重債務、家庭内暴力など様々な相談に乗ってきた。その数は3万件以上になる。
駆け込み寺に来る相談者の多くは、暴力やストーカーの被害者。被害者からの相談に乗るだけではなく、加害者側にも必ず接触を試み、話をするのが俺の流儀。そうせえへん限り根本解決できないので。するとDVなどの加害者の3割近くに前科があることが分かった。
前科者だからなかなか職にありつけん。そのため、配偶者やパートナーの女性を力ずくで離さんでおこうとする。被害を減らすには加害者への対応が欠かせないと感じた。
庄子:だから、出所者支援の居酒屋をつくったわけですね?
玄:以前は刑務所を出てきた人に、仕事を紹介すれば事足りると思っていたのも事実。それで実際に建築業や飲食店などの現場につなげた。もちろん、雇い主には前科があることをあらかじめ伝えて、理解してもらっていた。
けれど、出所者は他人との意思疎通やコミュニケーションに難がある人が多く、職場になかなか根付かない。刑務所では自由な時間がほとんどなかったので、人とどう関わったらいいのか分からなくなってしまっている。
加えて、同僚、ましてや顧客に自分の過去を決して知られてはならないと感じていて、自分の殻に閉じこもりがちになる。すると、職場で居場所がなくなって、いつしか「アイツは前科があるらしい」という話になる。
そこから、前科者と決めつけられるのに時間はかからない。「だから目つきが悪い」「何しでかすか分からない」と言われ、職場で物がなくなれば、すぐに犯人扱いされてしまう。
悩みを人に相談することもできなければ、結局また犯罪に手を染めてしまう可能性も高くなる。
こりゃあかんということで、何かほかに方法がないかと考えた時に、それならばいっそのこと、居酒屋で出所者が働いていることを公言した店を作ればいいという発想になった。
出 所 者 に 対 す る 偏 見 を 取 っ 払 っ て も ら い た い
庄子:実は、私は6月末ごろ、家族を連れて「新宿駆け込み餃子」に行ってみたんです。料理の味や店の雰囲気がどうなのかを探ってみたいと思って。若手の店員さんに何度か注文していたら、「実は僕、前科があるんです」と打ち明けられて、びっくりしました。見た目で判断するわけではないですが、さわやかな好青年風でしたので……
玄:「えっ、こんな子が」と思ったでしょ。それでええねん。一般の人にとって、前科者のイメージはきっと「怖い」「汚い」「きつい」「暗い」「危険」の“5K”といったところ。誰も知り合いたいと思っていない。
けれど、刑務所を出てきたといっても、案外普通の人であることが多い。こういう子らがいるというのを世間に知らしめたかった。一般の人にもぜひ出所者に対する偏見を取っ払ってもらいたいというのが俺の願い。
その意味で、何でもありの世界の歌舞伎町なら、懐が広いところがあるので、出所者が働く居酒屋が存在していても許されるし、はっきり言って日本一の歓楽街でこんな店をやれば目立つ。だから、世間の出所者に対するイメージを大きく変えるには、ここから発信していくことが大事だと思った。
庄子:出所者に働く場所を提供するだけではなく、彼らに対する一般社会の負のイメージや先入観の改善を目指したということですね
玄:その通り。敗者復活できる社会になって再犯を減らせれば、結局は被害者を生まないことにもつながる。それで、俺が代表を務める公益社団法人日本駆け込み寺とは別に、一般社団法人再チャレンジ支援機構を立ち上げ、出所者支援居酒屋を始めることにした。この構想に賛同してくれた元最高検察庁検事で弁護士の堀田力さんに、支援機構の代表を務めていただいている。
それと、再チャレンジ支援機構では、ニート(若年無業者)や引きこもりと呼ばれている若者の社会復帰も支援している。1回や2回の失敗や挫折で社会からはじかれてしまってはかわいそうやろ。彼らももう1度社会の中に戻してやらんと。
新宿駆け込み餃子はおかげさまで盛況で、評判を聞きつけた刑務所や少年院から働くことを希望する人たちを紹介したいとの相談も直に来ている。
人 は つ な が り の 中 で 認 め ら れ れ ば 再 生 す る
庄子:元受刑者の方たちを採用するに当たって、何らかの基準や心がけていることなどはありますか?
玄:まず、新宿駆け込み餃子で採用できないのは、殺人や薬物、性犯罪などの重大犯罪者。ここは線を引いている。それ以外で、働きたい希望者とは、俺が一人ひとり、数カ月かけて継続的に面談・研修している。
俺は彼らの身元引受人にもなるし、居住地の手配なども行っている。要するに出所者の“里親”。そこまで踏み込まないとね。単なる雇うだけではあかん。職場の中だけ指導・管理の眼を光らせたところで、多くはプライベートな部分でふらついてしまうのだから。
まして歌舞伎町なら誘惑だらけや。金があればどこでも飲めるし、いろんな悪さをしようと思えば、恐らくあっさりできる。もっとも、だからこそここで働くことに意義がある。毎日が修行みたいなものだから。誘惑も多い街だけど、職務質問も毎日のようにかかるわな。
それから、俺が一番心がけているのは、やり直そうという人間をすべて認めてあげること。過去を丸ごと受け止める。駆け込み寺で被害者だけでなく加害者対応もする中で、俺はその必要性をつくづく感じた。
「前科三犯です」、「自分はこんな境遇で育った」、「周囲の環境がこうでした」…。こんな打ち明け話を聞いた際、俺は「分かった」と言って、すべて飲み込んでまず認めてあげることに徹する。前科者だからって日陰者にならんでええし、「罪と罰」ではないけれど、悔い改めたら罪は憎めど人は憎まずというのが俺のポリシーなので。
誰かが一人、見守る、信じる、認めることによって、びっくりするほど人間は変わる。人はつながりの中で認められれば再生する。実際、本当にそうだから。
新宿駆け込み餃子は元受刑者らに「研修の場」を提供することが運営の基本理念となっていることもあり、彼らが働く期間は、基本は3カ月、長くて6カ月としている。短いと感じるかもしれないが、他人に認められると、その期間だけで十分自信がついて、巣立っていける。実際、これまで駆け込み餃子のスタッフから既に何人かが “卒業”し、次の職場へと移っていった。そこで、正社員になることなどを目指している。 つづく
「えっ、こんな子が」と思ったでしょ。それでええねん。一般の人にとって、前科者のイメージはきっと「怖い」「汚い」「きつい」「暗い」「危険」の“ 5K ”といったところ。誰も知り合いたいと思っていない。けれど、刑務所を出てきたといっても、案外普通の人であることが多い。こういう子らがいるというのを世間に知らしめたかった。一般の人にもぜひ出所者に対する偏見を取っ払ってもらいたいというのが俺の願い。
(玄秀盛氏 公益社団法人日本駆け込み寺代表理事)http://nkbp.jp/1JIuqdl
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日本最大の歓楽街である新宿・歌舞伎町に今年4月末、「新宿駆け込み餃子」という、少々変わった名前の居酒屋がオープンした。一見、普通の居酒屋だが、刑務所や少年院を出た人がスタッフとして働く。
開業を仕掛けたのは、公益社団法人日本駆け込み寺代表の玄秀盛氏。これまで13年にわたって、歌舞伎町でドメスティックバイオレンス(DV)やストーカー被害、多重債務、引きこもりなど、様々な難題の相談に応じてきた。来る者を拒まず、独特の関西弁で、トラブルからの脱出策を指南する。場合によっては被害者をかくまい、加害者と対決する。自らも壮絶な半生を送ってきた玄氏。だからこそ、もがき苦しむ人々のあらゆるSOSに応えたいとの思いは強い。
「たった一人を救うために自分がまず動く」――。これが玄氏のモットーだ。刑務所出所者支援の居酒屋のオープンに無事こぎ着けたが、持ち前の行動力で次なる目標の実現に向け、既にひた走る。
「新宿駆け込み餃子」開店までの経緯、現在の問題意識、これから取り組む課題について話を聞いた。(聞き手は日経ビジネス:庄子育子記者)
【玄秀盛(げん・ひでもり)氏:プロフィール/ 公益社団法人日本駆け込み寺代表理事、一般社団法人再チャレンジ支援機構理事。1956年大阪市西成区生まれ。在日韓国人として生を受け、4人の父と4人の母の元を転々として育つ。中学卒業後、28もの業種を経験した後、不動産や金融など様々な事業を興した。2000年、白血病を起こす恐れのあるウイルスへの感染が判明し、金儲けの世界からの卒業を決意。2002年5月に日本駆け込み寺の前身のNPO法人日本ソーシャル・マイノリティ協会創立。2012年公益社団法人を取得。2013年日本国籍取得。2014年4月には一般社団法人再チャレンジ支援機構(代表理事・堀田力氏)を設立し、社会復帰が困難な刑務所出所者などの支援を行なっている】
庄子:まずは、新宿・歌舞伎町で居酒屋「新宿駆け込み餃子」を始めた理由を教えてください
玄:もともと自分自身、13年前から歌舞伎町で、悩みを抱えた人向けの相談活動を行ってきた。駆け込み寺というスタンスで、DV、ストーカー、家出、自殺志願、多重債務、家庭内暴力など様々な相談に乗ってきた。その数は3万件以上になる。
駆け込み寺に来る相談者の多くは、暴力やストーカーの被害者。被害者からの相談に乗るだけではなく、加害者側にも必ず接触を試み、話をするのが俺の流儀。そうせえへん限り根本解決できないので。するとDVなどの加害者の3割近くに前科があることが分かった。
前科者だからなかなか職にありつけん。そのため、配偶者やパートナーの女性を力ずくで離さんでおこうとする。被害を減らすには加害者への対応が欠かせないと感じた。
庄子:だから、出所者支援の居酒屋をつくったわけですね?
玄:以前は刑務所を出てきた人に、仕事を紹介すれば事足りると思っていたのも事実。それで実際に建築業や飲食店などの現場につなげた。もちろん、雇い主には前科があることをあらかじめ伝えて、理解してもらっていた。
けれど、出所者は他人との意思疎通やコミュニケーションに難がある人が多く、職場になかなか根付かない。刑務所では自由な時間がほとんどなかったので、人とどう関わったらいいのか分からなくなってしまっている。
加えて、同僚、ましてや顧客に自分の過去を決して知られてはならないと感じていて、自分の殻に閉じこもりがちになる。すると、職場で居場所がなくなって、いつしか「アイツは前科があるらしい」という話になる。
そこから、前科者と決めつけられるのに時間はかからない。「だから目つきが悪い」「何しでかすか分からない」と言われ、職場で物がなくなれば、すぐに犯人扱いされてしまう。
悩みを人に相談することもできなければ、結局また犯罪に手を染めてしまう可能性も高くなる。
こりゃあかんということで、何かほかに方法がないかと考えた時に、それならばいっそのこと、居酒屋で出所者が働いていることを公言した店を作ればいいという発想になった。
出 所 者 に 対 す る 偏 見 を 取 っ 払 っ て も ら い た い
庄子:実は、私は6月末ごろ、家族を連れて「新宿駆け込み餃子」に行ってみたんです。料理の味や店の雰囲気がどうなのかを探ってみたいと思って。若手の店員さんに何度か注文していたら、「実は僕、前科があるんです」と打ち明けられて、びっくりしました。見た目で判断するわけではないですが、さわやかな好青年風でしたので……
玄:「えっ、こんな子が」と思ったでしょ。それでええねん。一般の人にとって、前科者のイメージはきっと「怖い」「汚い」「きつい」「暗い」「危険」の“5K”といったところ。誰も知り合いたいと思っていない。
けれど、刑務所を出てきたといっても、案外普通の人であることが多い。こういう子らがいるというのを世間に知らしめたかった。一般の人にもぜひ出所者に対する偏見を取っ払ってもらいたいというのが俺の願い。
その意味で、何でもありの世界の歌舞伎町なら、懐が広いところがあるので、出所者が働く居酒屋が存在していても許されるし、はっきり言って日本一の歓楽街でこんな店をやれば目立つ。だから、世間の出所者に対するイメージを大きく変えるには、ここから発信していくことが大事だと思った。
庄子:出所者に働く場所を提供するだけではなく、彼らに対する一般社会の負のイメージや先入観の改善を目指したということですね
玄:その通り。敗者復活できる社会になって再犯を減らせれば、結局は被害者を生まないことにもつながる。それで、俺が代表を務める公益社団法人日本駆け込み寺とは別に、一般社団法人再チャレンジ支援機構を立ち上げ、出所者支援居酒屋を始めることにした。この構想に賛同してくれた元最高検察庁検事で弁護士の堀田力さんに、支援機構の代表を務めていただいている。
それと、再チャレンジ支援機構では、ニート(若年無業者)や引きこもりと呼ばれている若者の社会復帰も支援している。1回や2回の失敗や挫折で社会からはじかれてしまってはかわいそうやろ。彼らももう1度社会の中に戻してやらんと。
新宿駆け込み餃子はおかげさまで盛況で、評判を聞きつけた刑務所や少年院から働くことを希望する人たちを紹介したいとの相談も直に来ている。
人 は つ な が り の 中 で 認 め ら れ れ ば 再 生 す る
庄子:元受刑者の方たちを採用するに当たって、何らかの基準や心がけていることなどはありますか?
玄:まず、新宿駆け込み餃子で採用できないのは、殺人や薬物、性犯罪などの重大犯罪者。ここは線を引いている。それ以外で、働きたい希望者とは、俺が一人ひとり、数カ月かけて継続的に面談・研修している。
俺は彼らの身元引受人にもなるし、居住地の手配なども行っている。要するに出所者の“里親”。そこまで踏み込まないとね。単なる雇うだけではあかん。職場の中だけ指導・管理の眼を光らせたところで、多くはプライベートな部分でふらついてしまうのだから。
まして歌舞伎町なら誘惑だらけや。金があればどこでも飲めるし、いろんな悪さをしようと思えば、恐らくあっさりできる。もっとも、だからこそここで働くことに意義がある。毎日が修行みたいなものだから。誘惑も多い街だけど、職務質問も毎日のようにかかるわな。
それから、俺が一番心がけているのは、やり直そうという人間をすべて認めてあげること。過去を丸ごと受け止める。駆け込み寺で被害者だけでなく加害者対応もする中で、俺はその必要性をつくづく感じた。
「前科三犯です」、「自分はこんな境遇で育った」、「周囲の環境がこうでした」…。こんな打ち明け話を聞いた際、俺は「分かった」と言って、すべて飲み込んでまず認めてあげることに徹する。前科者だからって日陰者にならんでええし、「罪と罰」ではないけれど、悔い改めたら罪は憎めど人は憎まずというのが俺のポリシーなので。
誰かが一人、見守る、信じる、認めることによって、びっくりするほど人間は変わる。人はつながりの中で認められれば再生する。実際、本当にそうだから。
新宿駆け込み餃子は元受刑者らに「研修の場」を提供することが運営の基本理念となっていることもあり、彼らが働く期間は、基本は3カ月、長くて6カ月としている。短いと感じるかもしれないが、他人に認められると、その期間だけで十分自信がついて、巣立っていける。実際、これまで駆け込み餃子のスタッフから既に何人かが “卒業”し、次の職場へと移っていった。そこで、正社員になることなどを目指している。 つづく