秋田浩之氏著「暗流-米中日外交三国」
2016年8月21日 お仕事 URL=http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011071703914.htmnで掲載された、BOOK asahi.com 書評・コラムを読む欄/書評の秋田浩之氏著「暗流-米中日外交三国」書評もご参考までに、昨Blog関連事項として、引続き[評者]高原明生(東京大学教授) [掲載]2008年03月16日 [ジャンル]ノンフィクション・評伝の前記URLのBOOK asahi.com 転載で以下ご紹介をしておきたい。
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暗流-米中日外交三国 [著]秋田浩之 [ 評 者 ] 高 原 明 生 (東京大学教授)
[掲載]2008年03月16日 [ジャンル]ノンフィクション・評伝
■ 台 頭 す る 中 国 に 日 米 は ど う 臨 む か
中国の台頭は良くも悪くも世界を変えている。相互依存も深まるが、厄介なのは中国が経済力とともに国防力を強化していることだ。今年の予算でも、17・8%の中央財政支出の伸びに対して国防費の増加率は17・7%となっている。「富国と強軍」を目指す中国に、我々はどう対応すればよいのだろう。日本の安全保障上のパートナーであり、覇権国家である米国は、いかなる対中戦略を考えているのだろうか。
本書は米国と中国の権力中枢に光を当て、米中関係の将来を展望した上で、日本が受ける影響とその採るべき対応策について考察する。著者はワシントン特派員や北京特派員を務め、ハーバード大学で研究生活を送った。特に米政府高官への取材は徹底している。米連邦捜査局(FBI)と中国公安省との協力状況や中国の「台湾海峡米中共同危機管理提案」など、蒙(もう)を啓(ひら)かれる情報が本書には満載だ。
白眉(はくび)は、85歳にして現役の米国防総省幹部であるアンドリュー・マーシャル相対評価室長とのインタビューである。この老軍略家は、兵力を太平洋にシフトさせ、インドや日本との関係を強化して、海洋進出を図る中国に備えることを説く。だが他方で、水不足やエネルギー不足、そして人口の男女比や年齢構成の不均衡が中国の行方にもたらす不確実性にこそ大きな脅威を見いだしている。中国がよくわからないので、強大だった明朝に遡(さかのぼ)ってその振る舞いを研究しているという話には、超大国の凄(すご)みさえ感じる。
著者の予想では、当面は米国が大国化する中国との連携を重視するが、やがては深刻な対立に陥る可能性が高い。その先は、(1)米軍がアジア関与を続けるか否か、(2)中国の対外政策が強硬路線に転じるかどうか、という二大変数が日本に大きく影響する。著者によれば日本の選択の余地は狭く、日米同盟を強化して米軍をアジアにつなぎとめる努力を払う一方、日中関係の悪化を防ぎながら自前の防衛力も充実させることが必要となる。
明瞭(めいりょう)な問題意識と周到な取材に裏打ちされた著者の現状分析は鋭く、今後の展望の図示は明快で独創的だ。本書の議論をベースとして、さらに検討を進めるべき問題としては以下を挙げることができよう。(1)ブレア元米太平洋軍司令官は、台湾がカリフォルニアではなく中国の沖合にあることから、台湾の長期的な安全保障が米国との防衛関係ではなく隣人との安定的な関係にかかっていると説く。この地理的な条件は、だが日本も同じではないのか(2)ライス国務長官が真剣に検討中と伝えられる、東北アジアにおける多国間安保枠組みの構想をどう評価するか(3)マーシャル氏が最も恐れる中国の脆弱(ぜいじゃく)性にはどう対応すべきなのか(4)中東などで日米同盟が活用される可能性を日本人としてどう考えるのか。
いずれも冷静で柔軟な思考が要求される難題だが、米国が日本防衛への関与をやめることへの恐れが先に立てば思考は停止する。変わりつつある、不確実な世界にいかに臨むべきか。本書は、そのカギである日米中関係に正面から取り組んだ快著である。
評・高原明生(東京大学教授・東アジア政治)
*
日本経済新聞出版社・2310円/あきた・ひろゆき 65年生まれ。日本経済新聞社編集局政治部次長兼編集委員。
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暗流-米中日外交三国 [著]秋田浩之 [ 評 者 ] 高 原 明 生 (東京大学教授)
[掲載]2008年03月16日 [ジャンル]ノンフィクション・評伝
■ 台 頭 す る 中 国 に 日 米 は ど う 臨 む か
中国の台頭は良くも悪くも世界を変えている。相互依存も深まるが、厄介なのは中国が経済力とともに国防力を強化していることだ。今年の予算でも、17・8%の中央財政支出の伸びに対して国防費の増加率は17・7%となっている。「富国と強軍」を目指す中国に、我々はどう対応すればよいのだろう。日本の安全保障上のパートナーであり、覇権国家である米国は、いかなる対中戦略を考えているのだろうか。
本書は米国と中国の権力中枢に光を当て、米中関係の将来を展望した上で、日本が受ける影響とその採るべき対応策について考察する。著者はワシントン特派員や北京特派員を務め、ハーバード大学で研究生活を送った。特に米政府高官への取材は徹底している。米連邦捜査局(FBI)と中国公安省との協力状況や中国の「台湾海峡米中共同危機管理提案」など、蒙(もう)を啓(ひら)かれる情報が本書には満載だ。
白眉(はくび)は、85歳にして現役の米国防総省幹部であるアンドリュー・マーシャル相対評価室長とのインタビューである。この老軍略家は、兵力を太平洋にシフトさせ、インドや日本との関係を強化して、海洋進出を図る中国に備えることを説く。だが他方で、水不足やエネルギー不足、そして人口の男女比や年齢構成の不均衡が中国の行方にもたらす不確実性にこそ大きな脅威を見いだしている。中国がよくわからないので、強大だった明朝に遡(さかのぼ)ってその振る舞いを研究しているという話には、超大国の凄(すご)みさえ感じる。
著者の予想では、当面は米国が大国化する中国との連携を重視するが、やがては深刻な対立に陥る可能性が高い。その先は、(1)米軍がアジア関与を続けるか否か、(2)中国の対外政策が強硬路線に転じるかどうか、という二大変数が日本に大きく影響する。著者によれば日本の選択の余地は狭く、日米同盟を強化して米軍をアジアにつなぎとめる努力を払う一方、日中関係の悪化を防ぎながら自前の防衛力も充実させることが必要となる。
明瞭(めいりょう)な問題意識と周到な取材に裏打ちされた著者の現状分析は鋭く、今後の展望の図示は明快で独創的だ。本書の議論をベースとして、さらに検討を進めるべき問題としては以下を挙げることができよう。(1)ブレア元米太平洋軍司令官は、台湾がカリフォルニアではなく中国の沖合にあることから、台湾の長期的な安全保障が米国との防衛関係ではなく隣人との安定的な関係にかかっていると説く。この地理的な条件は、だが日本も同じではないのか(2)ライス国務長官が真剣に検討中と伝えられる、東北アジアにおける多国間安保枠組みの構想をどう評価するか(3)マーシャル氏が最も恐れる中国の脆弱(ぜいじゃく)性にはどう対応すべきなのか(4)中東などで日米同盟が活用される可能性を日本人としてどう考えるのか。
いずれも冷静で柔軟な思考が要求される難題だが、米国が日本防衛への関与をやめることへの恐れが先に立てば思考は停止する。変わりつつある、不確実な世界にいかに臨むべきか。本書は、そのカギである日米中関係に正面から取り組んだ快著である。
評・高原明生(東京大学教授・東アジア政治)
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日本経済新聞出版社・2310円/あきた・ひろゆき 65年生まれ。日本経済新聞社編集局政治部次長兼編集委員。