『負けて勝つ‼』誠人勝者は一体誰?2
2017年9月3日 お仕事日 本 生 涯 現 役 推 進 協 議 会 &
NPO法人 ラ イ フ ・ ベ ン チ ャ ー ・ ク ラ ブ 活 動 で
ご 支 援 く だ さ る 会 員 皆 様
肝心なのは、全農の“詰め”
以上と対比すると、新しい方式の意味が浮き彫りになる。まず、委託販売ではなく、買取販売を中心にするので、リスクの一端は全農が負うことになる。全農と農協との間が買い取りになれば、農協も農家との間で買取販売を増やしやすくなる。
代金の決済方法は3種類ある。1つは、農家が農協に出荷した段階で、所有権を全農に移転させ、まとめて代金を払う方法。もう1つは、農協の倉庫からコメを出荷する度に代金を払う分割決済。最後の1つが、これまで通り、秋に概算金を出し、その後、3~4カ月程度で精算する方法だ。同じ方法で農協が農家に代金を払えば、農家が概算金を受け取ってから1年半、売り上げを確定できない現行方式と比べ、農家の資金繰りにプラスに働く。
直接販売は、これと呼応する取り組みだ。委託販売と違い、買取販売は全農が一定のリスクを負う。そこで、「卸に売ったらおしまい」という卸まかせの姿勢ではなく、確実に売り切ることが必要になるからだ。
注釈が必要だろう。直接販売とは言っても、必ずしもコメ卸を外し、直接その先に売ることを意味しない。肝心なのは、全農が直接、「実需者」と接し、取引の内容を詰める点にある。実需者は消費者との接点にある業者を指す。
ここで考えるべきは、なぜ全農が「直接販売を9割に増やす」という数値目標を掲げることができたかにある。「目標は高ければ、高いほうがいい」といった単純な話ではない。
背景にあるのは、コメの消費環境の変化だ。この連載でもくり返し指摘していることだが、家庭で食べるコメの量は減る一方、コンビニの弁当やおにぎり、レストランなど中・外食の需要は堅調に推移している。
キーワードは「安定」
スーパーでコメを買うとき、消費者は棚に並んだいろんなコメと、財布の中身を見比べて、ほどよい値段のコメを買う。スーパーにすれば、特売用のコメからブランド米の間でいかにバランスをとるかが商売の妙味になる。
一方、中・外食企業は値段をスーパーほど柔軟に変えることが難しい。「定価」を頻繁に変えてしまうと、ビジネスが成り立たないからだ。彼らが求めるのは、量の確保と値段の安定。これに対応しようとするのが、全農の直接販売だ。
コンビニやレストランとじかに接することで、どんな品質のコメを、いくらの値段で、どれだけ欲しいかという情報をキャッチする。それを産地に伝え、生産計画を立ててもらう。「マーケットイン」という言葉がビジネスの世界で言われて久しいが、農業、とくにコメの実態は理想にはほど遠い。これを改めようという発想が、全農の自己改革案の根っこにある。
こう書くと、きれいごとと感じるかもしれないが、全農側にも危機感がある。補助金でコメの生産調整(減反)を強化したことで、2015年、16年と続けて米価が上がった。「農家はそれでハッピー」と思うかもしれないが、コメ消費の減退に拍車がかかるという副作用を伴った。
高齢化と人口減少で、コメは消費が減り続けている。それに歯止めをかけるには、「米価が上がって農家が喜ぶ=実需者が困る」という状況も、その逆も起きないようにすることが必要になっている。両者がウィンウィンの関係になるためのキーワードは「安定」だ。
直接販売を通し、コンビニや外食などの実需者のニーズをつかむことが必要と全農が考え、その拡大が可能だと判断したのは、以上のような事情による。この取材で、全農の担当者は「中・外食用のメニューは長期安定が求められており、複数年契約による安定的な価格形成が必要」と語った。
テーマはコメ問題の核心にいたる。これまで米価のベンチマークだったのは、全農が毎年提示する概算金だ。概算金は各年の作況や減反の進み具合がそのまま響き、大きく変動する。言い換えれば、概算金を指標にしている限り、米価を安定させることは難しく、中・外食の要望に応えることはできない。
つまり、「複数年契約による安定的な米価形成」を模索することは、概算金を軸にした米価と距離を置くことを意味しているのだ。委託販売から買取販売への移行と、直接販売がそれを可能にする。持続可能な経営を目指す農家も農協も、補助金や豊凶で米価が乱高下することを望んではいない。
「今回は進次郎の手柄で」
冒頭に戻ろう。小泉氏は改革の行方を全農の決定に委ねることを決めたとき、「今回は負けて勝つ、だ」と語った。当時の報道はこの発言の影響もあり、「負」のひと言に比重を置いた内容となった。
世間の関心は、そこで大方熱が冷めた。だが、全農が小泉氏との合意に応えて発表した内容は、予想を覆す大胆なものだった。その柱の1つが、コメの取引の抜本的な変革だ。そこまで含めて考えると、小泉氏はメディアの評価とは違い、負けたのではなく、「勝った」と言えるのかもしれない。
だが、それも短絡的な評価なのだろう。「将来の総理候補」対「全農」という構図はわかりやすいが、実のところ、両者は離れた場所から非難し合っていたわけではなく、四つに組んで議論を戦わせ、落としどころをさぐっていた。当時、全農からは「今回は進次郎の手柄ということでいいじゃないか」という言葉が漏れた。両者がたんに対立していたわけではないことを、裏付ける言葉だ。
全農は「もともと自分たちでやろうとしていたことだ」とも強調するが、改革を内側の論議にとどめず、高い数値目標を公表し、その実現へと踏み出せたことの意義は大きい。その背景には、発信力の強い小泉氏の存在が間違いなくあった。今後問われるのは、全農の有言実行。改革が着実に実を結んでいけば、政治の介入も要らなくなる。
吉田 忠則(よしだ・ただのり)氏/日本経済新聞社編集委員
1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。
◇主な著書
『見えざる隣人』(日本経済新聞出版社) 2009
『農は甦る』(日本経済新聞出版社) 2012
※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。
NPO法人 ラ イ フ ・ ベ ン チ ャ ー ・ ク ラ ブ 活 動 で
ご 支 援 く だ さ る 会 員 皆 様
肝心なのは、全農の“詰め”
以上と対比すると、新しい方式の意味が浮き彫りになる。まず、委託販売ではなく、買取販売を中心にするので、リスクの一端は全農が負うことになる。全農と農協との間が買い取りになれば、農協も農家との間で買取販売を増やしやすくなる。
代金の決済方法は3種類ある。1つは、農家が農協に出荷した段階で、所有権を全農に移転させ、まとめて代金を払う方法。もう1つは、農協の倉庫からコメを出荷する度に代金を払う分割決済。最後の1つが、これまで通り、秋に概算金を出し、その後、3~4カ月程度で精算する方法だ。同じ方法で農協が農家に代金を払えば、農家が概算金を受け取ってから1年半、売り上げを確定できない現行方式と比べ、農家の資金繰りにプラスに働く。
直接販売は、これと呼応する取り組みだ。委託販売と違い、買取販売は全農が一定のリスクを負う。そこで、「卸に売ったらおしまい」という卸まかせの姿勢ではなく、確実に売り切ることが必要になるからだ。
注釈が必要だろう。直接販売とは言っても、必ずしもコメ卸を外し、直接その先に売ることを意味しない。肝心なのは、全農が直接、「実需者」と接し、取引の内容を詰める点にある。実需者は消費者との接点にある業者を指す。
ここで考えるべきは、なぜ全農が「直接販売を9割に増やす」という数値目標を掲げることができたかにある。「目標は高ければ、高いほうがいい」といった単純な話ではない。
背景にあるのは、コメの消費環境の変化だ。この連載でもくり返し指摘していることだが、家庭で食べるコメの量は減る一方、コンビニの弁当やおにぎり、レストランなど中・外食の需要は堅調に推移している。
キーワードは「安定」
スーパーでコメを買うとき、消費者は棚に並んだいろんなコメと、財布の中身を見比べて、ほどよい値段のコメを買う。スーパーにすれば、特売用のコメからブランド米の間でいかにバランスをとるかが商売の妙味になる。
一方、中・外食企業は値段をスーパーほど柔軟に変えることが難しい。「定価」を頻繁に変えてしまうと、ビジネスが成り立たないからだ。彼らが求めるのは、量の確保と値段の安定。これに対応しようとするのが、全農の直接販売だ。
コンビニやレストランとじかに接することで、どんな品質のコメを、いくらの値段で、どれだけ欲しいかという情報をキャッチする。それを産地に伝え、生産計画を立ててもらう。「マーケットイン」という言葉がビジネスの世界で言われて久しいが、農業、とくにコメの実態は理想にはほど遠い。これを改めようという発想が、全農の自己改革案の根っこにある。
こう書くと、きれいごとと感じるかもしれないが、全農側にも危機感がある。補助金でコメの生産調整(減反)を強化したことで、2015年、16年と続けて米価が上がった。「農家はそれでハッピー」と思うかもしれないが、コメ消費の減退に拍車がかかるという副作用を伴った。
高齢化と人口減少で、コメは消費が減り続けている。それに歯止めをかけるには、「米価が上がって農家が喜ぶ=実需者が困る」という状況も、その逆も起きないようにすることが必要になっている。両者がウィンウィンの関係になるためのキーワードは「安定」だ。
直接販売を通し、コンビニや外食などの実需者のニーズをつかむことが必要と全農が考え、その拡大が可能だと判断したのは、以上のような事情による。この取材で、全農の担当者は「中・外食用のメニューは長期安定が求められており、複数年契約による安定的な価格形成が必要」と語った。
テーマはコメ問題の核心にいたる。これまで米価のベンチマークだったのは、全農が毎年提示する概算金だ。概算金は各年の作況や減反の進み具合がそのまま響き、大きく変動する。言い換えれば、概算金を指標にしている限り、米価を安定させることは難しく、中・外食の要望に応えることはできない。
つまり、「複数年契約による安定的な米価形成」を模索することは、概算金を軸にした米価と距離を置くことを意味しているのだ。委託販売から買取販売への移行と、直接販売がそれを可能にする。持続可能な経営を目指す農家も農協も、補助金や豊凶で米価が乱高下することを望んではいない。
「今回は進次郎の手柄で」
冒頭に戻ろう。小泉氏は改革の行方を全農の決定に委ねることを決めたとき、「今回は負けて勝つ、だ」と語った。当時の報道はこの発言の影響もあり、「負」のひと言に比重を置いた内容となった。
世間の関心は、そこで大方熱が冷めた。だが、全農が小泉氏との合意に応えて発表した内容は、予想を覆す大胆なものだった。その柱の1つが、コメの取引の抜本的な変革だ。そこまで含めて考えると、小泉氏はメディアの評価とは違い、負けたのではなく、「勝った」と言えるのかもしれない。
だが、それも短絡的な評価なのだろう。「将来の総理候補」対「全農」という構図はわかりやすいが、実のところ、両者は離れた場所から非難し合っていたわけではなく、四つに組んで議論を戦わせ、落としどころをさぐっていた。当時、全農からは「今回は進次郎の手柄ということでいいじゃないか」という言葉が漏れた。両者がたんに対立していたわけではないことを、裏付ける言葉だ。
全農は「もともと自分たちでやろうとしていたことだ」とも強調するが、改革を内側の論議にとどめず、高い数値目標を公表し、その実現へと踏み出せたことの意義は大きい。その背景には、発信力の強い小泉氏の存在が間違いなくあった。今後問われるのは、全農の有言実行。改革が着実に実を結んでいけば、政治の介入も要らなくなる。
吉田 忠則(よしだ・ただのり)氏/日本経済新聞社編集委員
1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。
◇主な著書
『見えざる隣人』(日本経済新聞出版社) 2009
『農は甦る』(日本経済新聞出版社) 2012
※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。