毎日夕刊Net:Twitter投稿続々/ 社畜童謡
2014年10月25日 お仕事【特集ワイド】
働 く 人 の 心 捉 え る、 社 畜 童 謡 の 悲 哀
ツ イ ッ タ ー に 投 稿 続 々 /
「 無 理 さ せ る 経 営 者 側 」 告 発 効 果 も
毎日新聞 2014年10月21日 東京夕刊
【掲載URL= http://mainichi.jp/shimen/news/m20141021dde012040002000c.html 】
◇♪減産 減産 不況がながいのね そうよ減収も ながいのよ
◇♪夕焼け小焼けの社畜さん 定時で帰るはいつの日か
「社畜童謡」なるものをご存じだろうか。サラリーマンやアルバイトが過酷な職場環境や我が身の悲哀を童謡のメロディーに託し、インターネット上に投稿した替え歌だ。今、徐々に反響が広がっている。そこに見えるニッポンの雇用の現実とは・・・。【小林祥晃】
ツイッターには社畜童謡に対する感想が続々と書き込まれているという。まずは、実際に投稿された社畜童謡を紹介しよう。カッコ内が原曲だ。
減 産 減 産 不 況 が な が い の ね
そ う よ 減 収 も な が い の よ ( ぞ う さ ん )
景気回復を実感できない生産現場の嘆きだろう。
夕 焼 け 小 焼 け の 社 畜 さ ん
定 時 で 帰 る は い つ の 日 か ( 赤 と ん ぼ )
景気が良くないからといってヒマなわけではない。むしろ人員削減で仕事は増えるばかり、ということか。次は、哀感あふれるあのメロディーに乗せて−−。
ある晴れた日曜日 現場へ続く道 電車がゴトゴト 社畜を載せていく(中略)ドナドナドナドナ 社畜を載せて ドナドナドナドナ 心が折れる(ドナドナ)
これらは、いずれも短文投稿サイト「ツイッター」でハッシュタグ(同じテーマの投稿を示す「#」印)付きで投稿されている。「#社畜童謡」で検索すれば、関連の書き込みが一覧できる仕組みだ。「面白いんだけど、読んじゃって感情移入しちゃって歌えない」「見てたら内臓がキューッとなってきた 閲覧注意」「タクシーの中で一気読み。この軽い吐き気は単なる車酔いなのか 内容にヤられているのか」「まあ俺も通った道だよな。月間最高432時間勤務とか2カ月連続400時間勤務とかあったからね」。こんな反応が次々と書き込まれるばかりか、今も「新曲」が続々と投稿され、これらを転載するサイトも現れている。
サ ッ ち ゃ ん は ね サ チ コ っ て い う ん だ 本 当 は ね
だ け ど 派 遣 だ か ら 派遣先からは社名で呼ばれるんだね
可 哀 想 ね サ ッ ち ゃ ん ( サ ッ ち ゃ ん )
派遣社員を名前で呼ばない職場を題材にしたこの歌は他のサイトへの転載が多かったものの一つ。「社畜になれるだけまだマシだったりするのよ」というコメントが、トゲのように心に刺さる。
そもそも「社畜」とは、自分の意思を放棄し、家畜のように唯々諾々と会社に尽くす人間を指す言葉だ。しかし、ここではもっと広い意味で使われているようだ。
会社・サラリーマン文化に詳しく「大人養成講座」などの著書のあるコラムニスト、石原壮一郎さんは「植木等のスーダラ節やサラリーマン川柳など、会社の不満や仕事のつらさを笑い飛ばす文化はこれまでもあったが、童謡と結びつけたところが大発明だ」と絶賛する。「職種や業界が違うと分からない言葉を使った作品もあり、経験を基に歌っていると感じます。童謡の持つのどかさとのギャップが受けるのでしょう。仕事のつらさとは無縁の子供時代に返りたいという思いともマッチするのかもしれません」
さらに、ツイッターで盛り上がっているところが現代的だという。「昔のサラリーマンならこんな替え歌で飲み会を盛り上げたところですが、今の若者は歌わないでしょうからね。江戸時代、夜中にこっそり将軍の悪口を壁に落書きするような感覚で投稿しているのかもしれませんね」
バ イ ト が 飛 ん だ 朝 か ら 飛 ん だ
夜 ま で シ フ ト 壊 れ て 消 え た
バ イ ト が 消 え た 言 わ ず に 消 え た
雇 っ て す ぐ に 壊 れ て 消 え た
金、 金、 言 う な 社 員 も 飛 ぶ ぞ ( シ ャ ボ ン 玉 )
この歌を投稿した人物に呼びかけてみたところ、取材に応じてくれた。投稿者は首都圏のある私立大学の教員の30代男性。教え子から聞くアルバイト先の話から、詞が浮かんだという。「彼らが働くのは人手不足の飲食や建設業界。今、アルバイトの負担は大きく、飲食店ではバイトがいないと店の運営が成り立たず、バイトの勤務をバイトが管理している。建設業界では週7日勤務を求められることもあるようです」
その結果、朝起きられずに授業に出てこられなかったり、体を壊したりする学生も多い。「地方出身の学生の中には、親が授業料しか出せない学生も目立つようになっている。だから『バイトより授業に出ろ』なんて言えないのです。それに今の若者は真面目で責任感が強い。経営者はそこにつけ込んでいる」
「金、金、言うな 社員も飛ぶぞ」という締めは、そんな経営者への警告だ。
「社畜童謡が共感を呼ぶのはうなずける」と話すのは小原美紀・大阪大大学院准教授(経済学)。小原准教授によると、20代の所得格差は大きく広がっている。「厚生労働省の国民生活基礎調査によると、1990年代以降、契約社員ら1年未満の期間限定で働く社員は『生活が苦しい』と感じる割合が増えました。雇用されていても生活は改善せず、むしろ悪化している人が増えている恐れがあります」
転職苦労して正社員 勤めてみた所は黒だった 不況で転職もままならず 黒だとわかってもしがみつく(赤とんぼ)
「黒」とは、労働環境のひどいブラック企業のことだろう。国は失業者は減っていると強調するが、一方で働けど楽にはならない……という境遇の人々も存在し続けているといえそうだ。
「ワーキングプア」や契約社員をテーマにした作品があり、自身も会社員をしながら執筆する芥川賞作家の津村記久子さんは「こうした歌への共感が広がることで、働く者に無理をさせている側を告発することにもなる」と話す。
「『私はこんなひどい目に遭った』と訴えるだけでは個人の物語でしかないが、歌として広く受け入れられれば訴求力が高まる。働く者を犠牲にして経済を優先させるこの国のシステムを、もっとあぶり出したらいい」
津村さんによると、米国南部発祥の大衆音楽であるカントリーソングには「金がないから働かなくては……」とか「家がない」といった生活の苦しさや労働のつらさをストレートに歌ったものが少なくないという。「労働を語る文化というのでしょうか。社畜童謡の出現は、それがようやく日本にも生まれてきたということなのかもしれません」
石原さんはバブル以降、経営者の側についた「悪い癖」に言及する。「人を使い捨てにしてもいいとか、社員をうまく切るのが優れた経営者という考えが広がった。働く人がいるから会社が成り立っていることを忘れた経営者が多過ぎる。景気が良くなってもその意識が変わらない限り、社畜童謡は生まれ続けるでしょう」
笑わせて泣かせる社畜童謡。日本の労働を変える力を秘めているのかもしれない。
働 く 人 の 心 捉 え る、 社 畜 童 謡 の 悲 哀
ツ イ ッ タ ー に 投 稿 続 々 /
「 無 理 さ せ る 経 営 者 側 」 告 発 効 果 も
毎日新聞 2014年10月21日 東京夕刊
【掲載URL= http://mainichi.jp/shimen/news/m20141021dde012040002000c.html 】
◇♪減産 減産 不況がながいのね そうよ減収も ながいのよ
◇♪夕焼け小焼けの社畜さん 定時で帰るはいつの日か
「社畜童謡」なるものをご存じだろうか。サラリーマンやアルバイトが過酷な職場環境や我が身の悲哀を童謡のメロディーに託し、インターネット上に投稿した替え歌だ。今、徐々に反響が広がっている。そこに見えるニッポンの雇用の現実とは・・・。【小林祥晃】
ツイッターには社畜童謡に対する感想が続々と書き込まれているという。まずは、実際に投稿された社畜童謡を紹介しよう。カッコ内が原曲だ。
減 産 減 産 不 況 が な が い の ね
そ う よ 減 収 も な が い の よ ( ぞ う さ ん )
景気回復を実感できない生産現場の嘆きだろう。
夕 焼 け 小 焼 け の 社 畜 さ ん
定 時 で 帰 る は い つ の 日 か ( 赤 と ん ぼ )
景気が良くないからといってヒマなわけではない。むしろ人員削減で仕事は増えるばかり、ということか。次は、哀感あふれるあのメロディーに乗せて−−。
ある晴れた日曜日 現場へ続く道 電車がゴトゴト 社畜を載せていく(中略)ドナドナドナドナ 社畜を載せて ドナドナドナドナ 心が折れる(ドナドナ)
これらは、いずれも短文投稿サイト「ツイッター」でハッシュタグ(同じテーマの投稿を示す「#」印)付きで投稿されている。「#社畜童謡」で検索すれば、関連の書き込みが一覧できる仕組みだ。「面白いんだけど、読んじゃって感情移入しちゃって歌えない」「見てたら内臓がキューッとなってきた 閲覧注意」「タクシーの中で一気読み。この軽い吐き気は単なる車酔いなのか 内容にヤられているのか」「まあ俺も通った道だよな。月間最高432時間勤務とか2カ月連続400時間勤務とかあったからね」。こんな反応が次々と書き込まれるばかりか、今も「新曲」が続々と投稿され、これらを転載するサイトも現れている。
サ ッ ち ゃ ん は ね サ チ コ っ て い う ん だ 本 当 は ね
だ け ど 派 遣 だ か ら 派遣先からは社名で呼ばれるんだね
可 哀 想 ね サ ッ ち ゃ ん ( サ ッ ち ゃ ん )
派遣社員を名前で呼ばない職場を題材にしたこの歌は他のサイトへの転載が多かったものの一つ。「社畜になれるだけまだマシだったりするのよ」というコメントが、トゲのように心に刺さる。
そもそも「社畜」とは、自分の意思を放棄し、家畜のように唯々諾々と会社に尽くす人間を指す言葉だ。しかし、ここではもっと広い意味で使われているようだ。
会社・サラリーマン文化に詳しく「大人養成講座」などの著書のあるコラムニスト、石原壮一郎さんは「植木等のスーダラ節やサラリーマン川柳など、会社の不満や仕事のつらさを笑い飛ばす文化はこれまでもあったが、童謡と結びつけたところが大発明だ」と絶賛する。「職種や業界が違うと分からない言葉を使った作品もあり、経験を基に歌っていると感じます。童謡の持つのどかさとのギャップが受けるのでしょう。仕事のつらさとは無縁の子供時代に返りたいという思いともマッチするのかもしれません」
さらに、ツイッターで盛り上がっているところが現代的だという。「昔のサラリーマンならこんな替え歌で飲み会を盛り上げたところですが、今の若者は歌わないでしょうからね。江戸時代、夜中にこっそり将軍の悪口を壁に落書きするような感覚で投稿しているのかもしれませんね」
バ イ ト が 飛 ん だ 朝 か ら 飛 ん だ
夜 ま で シ フ ト 壊 れ て 消 え た
バ イ ト が 消 え た 言 わ ず に 消 え た
雇 っ て す ぐ に 壊 れ て 消 え た
金、 金、 言 う な 社 員 も 飛 ぶ ぞ ( シ ャ ボ ン 玉 )
この歌を投稿した人物に呼びかけてみたところ、取材に応じてくれた。投稿者は首都圏のある私立大学の教員の30代男性。教え子から聞くアルバイト先の話から、詞が浮かんだという。「彼らが働くのは人手不足の飲食や建設業界。今、アルバイトの負担は大きく、飲食店ではバイトがいないと店の運営が成り立たず、バイトの勤務をバイトが管理している。建設業界では週7日勤務を求められることもあるようです」
その結果、朝起きられずに授業に出てこられなかったり、体を壊したりする学生も多い。「地方出身の学生の中には、親が授業料しか出せない学生も目立つようになっている。だから『バイトより授業に出ろ』なんて言えないのです。それに今の若者は真面目で責任感が強い。経営者はそこにつけ込んでいる」
「金、金、言うな 社員も飛ぶぞ」という締めは、そんな経営者への警告だ。
「社畜童謡が共感を呼ぶのはうなずける」と話すのは小原美紀・大阪大大学院准教授(経済学)。小原准教授によると、20代の所得格差は大きく広がっている。「厚生労働省の国民生活基礎調査によると、1990年代以降、契約社員ら1年未満の期間限定で働く社員は『生活が苦しい』と感じる割合が増えました。雇用されていても生活は改善せず、むしろ悪化している人が増えている恐れがあります」
転職苦労して正社員 勤めてみた所は黒だった 不況で転職もままならず 黒だとわかってもしがみつく(赤とんぼ)
「黒」とは、労働環境のひどいブラック企業のことだろう。国は失業者は減っていると強調するが、一方で働けど楽にはならない……という境遇の人々も存在し続けているといえそうだ。
「ワーキングプア」や契約社員をテーマにした作品があり、自身も会社員をしながら執筆する芥川賞作家の津村記久子さんは「こうした歌への共感が広がることで、働く者に無理をさせている側を告発することにもなる」と話す。
「『私はこんなひどい目に遭った』と訴えるだけでは個人の物語でしかないが、歌として広く受け入れられれば訴求力が高まる。働く者を犠牲にして経済を優先させるこの国のシステムを、もっとあぶり出したらいい」
津村さんによると、米国南部発祥の大衆音楽であるカントリーソングには「金がないから働かなくては……」とか「家がない」といった生活の苦しさや労働のつらさをストレートに歌ったものが少なくないという。「労働を語る文化というのでしょうか。社畜童謡の出現は、それがようやく日本にも生まれてきたということなのかもしれません」
石原さんはバブル以降、経営者の側についた「悪い癖」に言及する。「人を使い捨てにしてもいいとか、社員をうまく切るのが優れた経営者という考えが広がった。働く人がいるから会社が成り立っていることを忘れた経営者が多過ぎる。景気が良くなってもその意識が変わらない限り、社畜童謡は生まれ続けるでしょう」
笑わせて泣かせる社畜童謡。日本の労働を変える力を秘めているのかもしれない。