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日本経済新聞 朝刊 2019/3/15付  駆ける投資家魂(4)


     駆ける投資家魂(4)
       金と知恵出し起業家導く  エンジェル投資家 千葉 功太郎氏
    
 創業初期のスタートアップ企業に個人で投資するエンジェル投資家。米国では企業価値が10億ドル(約1100億円)を超える未上場企業「ユニコーン」の誕生に欠かせない存在だ。日本ではまだ存在感が小さいが、その中でひときわ輝く男がいる。ゲーム開発のコロプラ元副社長で、現在は専業投資家の千葉功太郎(44)だ。

 「ドローンへの期待が高まっている今がチャンス。ここで一気に社会へ普及させていきましょう」。1月中旬、東京・八重洲のビルの一室。マイクを握った千葉がこう呼びかけると、約60人の参加者から一斉に拍手が起こった。

 このイベントはその名も「千葉道場」。千葉が個人で出資した企業などの交流の場として2015年1月から始めた。この日はドローン関連企業が集まる「ドローン部」の合宿の初日。経営者と投資家との個別面談会などで盛り上がった。

 実はこの日の会場については、千葉と奇妙な縁もあった。ビルが立つ場所の周辺には江戸時代に、北辰一刀流の創始者の弟である千葉定吉が道場を開いていた。坂本龍馬も通ったとされ、「千葉道場跡」の立て札が立つ。

 名字だけのつながりとはいえ、時を超えた「千葉道場」の復活。千葉は意図して選んだのか。「ドローンに投資している銀行が入居しているから会場として借りただけ。本当に偶然だ」と笑う。

 千葉のエンジェル投資家としての最近の勢いには目を見張るものがある。道場の参加企業のうち、ドローン関連以外の企業が集う「本家」だけでも現在54社に増えた。企業価値(上場企業の時価総額に相当)は総額約3700億円に及ぶ。

 18年末にはドローン部の門下生だった自律制御システム研究所(ACSL)が東証マザーズ上場を果たした。他にも数社の上場予備軍が控えている。

    ■ 「千葉さんはドラえもん」
 「千葉さんはドラえもんだ。いやし系だし、お金以外の道具(知恵)も出してくれる」。15年に千葉から出資を受けた資産運用サービスのウェルスナビ(東京・渋谷)の社長、柴山和久はこう語る。

 ウェルスナビはその後、より大きな規模での資金調達が難航。このとき、新たな出資先を紹介してくれたのが千葉だった。創業4年弱で預かり資産は1300億円を超え、千葉の門下生の成長株に育った。

 「出資先が成長するために足りない人や技術は外部の力で補えばいい」。豊富な人脈を持つ千葉は、こうした仲介を得意とする。自らを「お見合いおばさん」と呼ぶゆえんだ。

   ■ エンジェル投資は発展途上
 エンジェル投資家とは、創業間もない起業家にポケットマネーを提供する個人を指す。成功した起業家がエンジェルになるケースも多く、経営のアドバイスも重要な役割となる。

 米国ではシリコンバレーを中心にエンジェル投資が活発だ。15年の投資額は246億ドル(約2兆7000億円)にのぼる。米国のベンチャーキャピタル(VC)投資額の3分の1に匹敵する一大勢力だ。

 一方の日本。スタートアップへの個人投資に対する優遇税制である「エンジェル税制」に基づく投資額は17年度で約40億円だった。10年前からは13倍に増えたが、米国の数百分の1にすぎない。統計に出てこない投資も数多いとされるものの、なお発展途上だ。

   ■ IPOなどで資産形成
 そうしたなかでも、有望企業の発掘・育成で実績を積み上げてきた千葉。どのようにしてエンジェル投資家としての素質を磨いてきたのだろう。

 千葉は東京都の出身。慶応義塾大学の学生時代、「日本インターネットの父」と呼ばれる村井純の講義に感銘を受ける。卒業後はリクルートでネット事業の立ち上げに関わった。

 その後、モバイルゲーム開発のKLabやコロプラに転職。コロプラで新規株式公開(IPO)を成功させるなどして財を成した。

 コロプラ副社長時代の13年からエンジェルとしての投資を本格的に始め、現在は専業投資家だ。1案件あたり数百万~数千万円ほどを投じている。

    ■ 原点は六本木ヒルズ

 事業経験も豊富に持つが、「僕は投資家が一番性に合っている」と自己分析する千葉。その原点は東京都港区の六本木ヒルズにあるという。

 ヒルズにあるホテル「グランドハイアット東京」。安倍晋三首相も愛用するこのホテルが建つ土地の一角に、かつて千葉の実家があった。

 千葉の両親は個人事業主で、フラワーアレンジメントを仕事にしていた。収入が不安定ななか、安定した収入源としていたのが不動産取引だった。

 港区で六本木再開発の構想が出ていることを知ると、両親はいち早く土地を取得。その後、再開発が具体的に動き始めたタイミングで家屋と土地を売却し、利益を得たという。

    ■ 投資は自己責任
 千葉の社会人1年目。親の勧めで都内の4000万円のマンションをローンで購入した。資産運用が目的だったが、購入後に価格は下がり、結局3500万円で手放した。

 500万円の損失が出たことについて親に文句を言ったところ、「投資は自己責任。人のせいにするんじゃない」と一喝された。高い授業料を払って、投資のイロハを学んだ。

    ■ 千葉の「勝利の方程式」とは
 実際のスタートアップ投資で、勝利の方程式めいたものはあるのか。千葉の答えはこうだ。事業内容もさることながら、「信頼できる人の紹介や起業家の雰囲気で決めたほうが、これまで成功率は高かった」。

 例えば、米カリフォルニア州に拠点を置く農業スタートアップのKAKAXI。ここに千葉が投資したのは、同社の最高財務責任者(CFO)を務める千葉の盟友、永田暁彦が誘ったからだ。「『永田さんが薦めるならいいよ』と言ってくれた」。千葉が投資を決めたときのことを永田は鮮明に覚えている。

    ■ 幅広い人脈が武器
 千葉がエンジェル投資を始めた13年ごろは日本ではまだなじみのない時代。スタートアップ業界を駆け回る希少な存在として注目され、人脈も広がった。

 「ホリエモン」こと実業家の堀江貴文や、サッカー選手で現在は投資家でも名を上げている本田圭佑などとは、エンジェル投資家として活動し始めてから交流。有望な起業家の情報も入ってきやすくなった。

 道場の門下生のウェルスナビに投資を決めたのは、千葉が社長の柴山の人柄にほれ込んだからだ。千葉が審査員を務めた事業コンテストで柴山は入賞すらしなかったが、「変なギラギラ感がない一方で、日本の行く末を真剣に考えていた。この人が起業すればすごいことになると感じた」と千葉は振り返る。

 事業の内容よりも人が決め手――。千葉はこんなスタートアップ投資の基本を忠実に守っているのかもしれない。

    ■ ナンバー2が望ましい?
 一方で、エンジェル投資家は起業家側からも「出資してほしい」と選ばれる必要がある。千葉はなぜ請われる存在なのか。これについては、千葉から「ナンバー2タイプだからじゃないかな」との答えが返ってきた。

 社長などナンバーワンは自らが前面に出がちだ。これに対し、ナンバー2はトップを支える実務家の側面が強い。「起業家を支えるエンジェル投資家はナンバー2が向いている」というのが千葉の持論だ。

 だが、千葉の盟友の1人で、慶応義塾大学発のVC、慶応イノベーション・イニシアティブ社長を務める山岸広太郎は、千葉をこう評する。「ナンバー2の気質もあるが、構想力や発信力がすごい。その最たる例がホンダジェットの購入だ」

    ■ ホンダジェットの顧客第1号に
 昨年12月20日。ホンダは小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」の国内顧客の第1号が千葉ら3人になったと発表した。価格は525万ドル(約5億8000万円)。千葉と共同購入したのは堀江貴文と山岸だった。

 3人の共同購入が決まったのは発表のわずか2週間前だ。実は山岸は購入を迷っていたが「千葉さんの『男のロマン』を買った」。

    ■ ホリエモンらを口説く
 千葉が購入を決めたのは昨年5月。その直後に自前で他の小型ジェット機を購入し、操縦訓練も始めていた。

 欧米ではプライベートジェットが自由に空を飛び交う「ゼネラル・アビエーション」(一般航空)が当たり前。その流れを日本でもつくりたい。その格好のツールがホンダジェットだと千葉は考えていた。

 だが「自分だけで購入せず、技術に理解があってインフルエンサーになり得る人と一緒に買う方が目的達成の近道になる」。千葉が白羽の矢を立てたのが、堀江と山岸だった。費用分担や購入後の運用計画などをまとめ、2人にフェイスブックのメッセンジャー機能で送りつけて口説いた。

    ■ 「自分は劣等感の塊」
 「ホンダジェットを最初に買った男」としても脚光を浴びた千葉。だが成功者のイメージとは裏腹に、「自分は劣等感の塊だ」と打ち明ける。「中学、高校は劣等生だったし、経営者として初めてIPOを経験したのは40歳の手前。遅咲きだった」

 人見知りな半面、信用すると家族のように接してしまう面もあるという。何度も面会して投資を決めかけた起業家が、実は架空の事業計画と数字を提示していたこともあった。エンジェル投資では避けて通れない、そうした場面では「投資の損得以上に落ち込み、自分を責めてしまう」。

 そんなときのはけ口は、意外にも料理だ。自宅の台所に朝から立ち、ホテルの朝食並みの品数を作る。どんなメニューにしようかあれこれ考えを巡らせていると楽しくなり、ストレスも軽減されるという。

    ■ 仕事を意識的にセーブ
 実は19年の年明け以降、千葉は仕事を意識的にセーブしている。

 道場の合宿以外では、門下生とあまり会わず、メッセンジャーやテレビ会議で済ますようになった。都内の自宅にはほとんど帰らずに全国を飛びまわるほか、今年は3分の1の期間は大好きなハワイで暮らすつもりだ。

 ハワイには自宅も購入した。「東京やシリコンバレーでは30分しか会えないような忙しい大企業の経営者や投資家でも、ハワイでは1日一緒に過ごせる」との利点もある。

    ■ 「新たなエンジェル像示す」
 なぜ潜伏期間をもうけるのか。「日本で新たなエンジェル投資家のモデルをつくりたい。その計画を練る準備期間にしたい」。千葉はこう明かす。

 エンジェル投資はVCが手をつけない早期の段階の起業家を支え、事業を軌道に乗せるまでが役割とされる。だが千葉は最近、「ユニコーンに育つまでしっかり支えるエンジェルがいてもいいのではないか」と考えるようになった。

 その背景には海外と比べた日本のスタートアップ市場の出遅れ感がある。メルカリが18年に上場後、ユニコーンは人工知能開発のプリファード・ネットワークス(東京・千代田)1社のみとなった。足元で80社超あるとされる中国などとの勢いの差は鮮明だ。

    ■ 長期で寄り添う覚悟
 「起業家の苦しみは創業時だけではない。会社の規模拡大に比例して、孤独感も強まる」。自らも経営者だった千葉の実感だ。こうしたときにエンジェルが背中を押す効果は大きいと感じている。

 投資先からユニコーンが生まれれば、他の投資先にも競争心が芽生える好循環につながる。80社を超える千葉道場が「仲良しクラブ」にならないための策でもある。

 より長期的な寄り添いがスタートアップの覚醒につながるか。エンジェル投資家、千葉功太郎の第2幕がまもなく始まる。=敬称略、つづく(榊原健)

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