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2017/8/7付日本経済新聞 朝刊Opinion「核心」欄

  就 労 寿 命   延 び る 未 来 は
      6 5 歳 以 上 の 働 き 手 生 か せ
                           論説委員長 原田亮介


 子どもたちを訪ねて上京する広島・尾道の老夫婦を描いた「東京物語」は、実年齢49歳の笠智衆さんが老父役を好演した小津安二郎監督の代表作である。笠さんは寅さんシリーズなど、88歳で亡くなるまで老け役(ふけやく)を多く務めた。「老後を40年間演じ続けた」人生だった。

 実社会で老後40年は長すぎるだろうが、「人生100年時代」なら、笠さんの役柄と違い引退せずに働き続けるのが普通になるのではないか。

 「ライフ・シフト~100年時代の人生戦略」(リンダ・グラットンら著)は、2007年生まれの人の半数が何歳まで生き残るか、主要国の予想を紹介している。最長は日本で107歳、欧米各国は102~104歳。「いま50歳未満の日本人は100年以上生きる時代を過ごすつもりでいたほうがいい」。これが仕事や社会のあり方を根本から変えるという主張である。

 先日亡くなった日野原重明さんは105歳だった。今年は団塊第1世代(1947年生まれ)が70歳を迎える。

 日本老年医学会は今年1月に「高齢者は75歳以上」という見解を公表した。「65~74歳の前期高齢者は、心身の健康が保たれており、活発な社会活動が可能な人が大多数を占めている」という。

 現実に労働市場で地殻変動が始まった。65歳以上の働き手が急増しているのだ。

 今年1~3月の労働力人口を5年前と比べると、65歳以上では200万人増えた。65歳未満の生産年齢人口は減り続けるが、年齢に上限がない労働力人口は女性の増加もあって5年連続で増加傾向だ。直近の総数は90年代以来の6700万人台に達している。

 特に65~69歳は、6割近くが労働市場に残る選択をしている。人口が多い団塊が労働力を押し上げた面もあるが、同世代の中の働きたい人の比率が継続的に増している。

 一昔前の世代より活動的なのだ。全国カラオケ事業者協会によれば約15万5千あるカラオケ酒場でもお客に占める60歳以上の比率が上昇し、4年前の倍近い27%になった。

 日本経済研究センターが今春まとめた分析では、健康寿命が延び続け、70歳以上の労働力率が65歳以上並みに上昇すると、全体の収入が年1.5兆~2兆円ほど増える。

 65歳以上となると多くの会社で再雇用の期間を超え、仕事は自ら探さないと見つからない。ただ、年金があれば1日3~4時間で週3日勤務、月数万円の給与でも、働きたいという人がかなりいる。

 全国老人保健施設協会の東憲太郎会長は三重県で施設を運営する。深刻な人手不足について「地方自治体が介護に使える基金はほぼ施設整備に回り、人材確保の原資があまりに少ない」と指摘する。

 その少ない資金のなかから三重県が試験的に実施したのが、高齢者に施設で働いてもらう「介護助手」の採用支援だ。掃除や食事の片付け、風呂掃除など資格がなくてもできる仕事を担当してもらう。

 東氏の施設では想定以上の41人が応募し、7人を採用した。「将来の(自らの)介護や認知症への不安があったから」、「病院を退職して家にいて、病院勤務は体力的にきついがこの仕事ならできる」という声が寄せられた。看護師や介護士のOBもいた。

 介護資格者が介護に直接あたる時間が増えた半面、長時間残業が減った。その残業手当が減る分で、採用増のコストをほぼまかなえたという。

 社会保障は「おみこし型」から「肩車型」へ――。生産年齢人口の変化を政府は担い手の減少ととらえてこう例える。しかし働き続ける高齢者が増えれば、担がれるはずの人が担ぐ側に回るのである。

 もちろん高齢者の働き方は周りに迷惑をかけないものでないといけない。愛知県経営者協会は5月に「長期雇用時代におけるキャリア開発」という提言をまとめた。

 ポイントは職場に溶け込めない5つのタイプの「問題高年齢社員」への対策だ。分類すると▼過去の仕事のやり方に固執する「勘違い型」▼当事者意識に欠け、周囲への文句が多い「評論家型」▼仕事は会社が準備すべきだという「会社依存型」▼新しい業務知識を学ぼうとしない「現状固執型」▼再雇用後の賃金に見合う仕事はこの程度と周囲に公言する「割り切り型」。

 「働き盛りとは仕事のやり方が変わるだろう。ただ何事も『助手』がいれば助かるんです。会社の仕事も、子どもに勉強を教えるのも、介護を手伝うのも」。小泉進次郎衆院議員は「こども保険」の導入と同時に、高齢者の労働参加の促進を訴える。

 例えば、働き続けて現役並みに稼ぐ高齢者も増えるだろう。小泉氏は年金の受給開始年齢を自由に選べるよう見直しを提言している。今も70歳まで受給開始を延ばせば年金が4割増える。繰り下げ受給者は少数派だが「(富裕層は)一定期間、年金を返上する仕組みがあっていい」という。

 「勉強の約20年、会社に勤めて約40年、老後の20年というのが人生80年時代。100年時代はそうでない多様な生き方が前提になる」(小泉氏)。社会保障制度も見直しが避けられないだろう。

 昨年、東大を64歳で退官した吉川洋・立正大教授に聞いた。「高齢者は体力ややる気のばらつきが大きい。それを補うため(経済成長には)イノベーションを盛り上げて資本装備率を引き上げることも大事です」。団塊世代が扉を開く、働き続ける社会は、日本をどこに導くのだろうか。

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