「生涯現役」以外に最適な人生戦略?(後)
2016年3月6日 お仕事昨5日につづく
高 齢 化 社 会 へ の ヒ ン ト
「 ど う せ な ら 、 楽 し く 生 き よ う 」(後)
中泉 拓也(関東学院大学 経済学部教授)
徹底的に行うもう一つの方法として、「面白くないことを辛抱強く行うこと」が本書の、好きで夢中になることの対極にあると思います。しかし、我が国では、そちらの方法が一般的でしょう。本書は「面白くないことを辛抱強く行うこと」の問題点についても、非常に説得的に説明されています。この部分に感銘を覚える読者は非常に多いのではないでしょうか。私が本書を勧めたい最大の理由がここにあります。
例えば、13章では現在「ほぼ日刊イトイ新聞」を主宰している糸井重里氏が、やりたいことをやるにはどうしたらいいかと考えて「ほぼ日刊イトイ新聞」を始めた経緯や、アポロ宇宙飛行士のアラン・ビーン氏が「やりたくないことをもうやらない」と決意し、49歳の時にNASAをやめて新しい仕事を始め、プロの画家に転向したことが、感動的に述べられています。
■ 独 善 に 陥 ら な い た め に
しかし、後者同様、好きで夢中になることにも問題点があると思います。特に、独りよがりになっていないかをチェックすることが不可欠です。
本書の著者の渡辺さんも競争が苦手と述べていますが、私も同様、競争よりも棲みわけの道を最優先にしています。しかし、現代社会で全く競争に晒されないのは不可能です。むしろ競争が現代の経済の最大の活力源であることを示したのが、経済学の最大の成果の一つでもあります。
競争のメリットとしては、勝つために努力することが社会の活性化のための重要な原動力になることが一つ挙げられます。また、他者と比較することで、自分の立ち位置が明らかになるという面もあります。
前者のインセンティブが必要でないという人でも、後者のような自分の能力がどのような水準かを一定期間内にチェックすることが必要で、チェックができる場に置くことは不可欠です。また、周りに耳が痛いことを言ってくれる人がいるのはとてもありがたいでしょう。
耳の痛いことを言ってくれる人の重要性を納得出来たのが、西武やヤクルトの監督をされていた広岡達朗氏の「意識革命の勧め」に出てくる中村天風氏のエピソードです。氏はインドでヨガの大酋長であるカリアッパと出会い、カリアッパに「本当に助かる道を教えてやるからついてきなさい」といわれたそうです。にもかかわらず。カリアッパは何も教えてくれないため、天風氏が教えて欲しいと尋ねた時、カリアッパが素焼きの容器に水を満たして持ってくるよう命じられ、その通りにすると、別の容器に湯を満たして持ってくるよう指示されました。両方が揃うとカリアッパは、「その湯を水の上から注げ」と言われ、バカバカしくなった中村天風氏は、「この国ではどうか知りませんが、私たち文明国の人間は、器いっぱいに入っている水の上から湯を注げば、水も湯もこぼれることを知っています。」と反論したそうです。
すると、カリアッパは「私がお前をここに連れてきた翌日からでも教えたいと思ったのに、おまの顔を見ていると、お前の顔のなかには、私がどんないいことをいってみても、そいつをみんな、こぼしてしまう。さっきの、水がいっぱい入っている容器のようにな。お前はそういう状態だと、私は見てたのだ。『いつになったら、この水をあけてくるかな。水をカラにしてさえすれば、そこで湯を注ぎ込んでやれば、湯がいっぱいになるんだがなあ』と思っていたが、お前はいっこうに水をあけてこない。お前の頭の中にいままでのお前が詰めこんだ役にも立たない屁理屈がいっぱい入っている以上、私がいくら大事なことを言ってみても無駄なんだ。私の言うことをお前は無条件で受け入れまい。受け入れないものを与える、そんな愚かなことは私はしないよ。わかったか」
先生は「まいった」と思ったという。「お前はこれから教わるんだ。頭の中をからっぽにしておけよ」ということだなと気がついた。
広岡達朗氏の「意識改革の勧め」は、川上監督へのあまりに強い憎悪がちょっとキツいのですが、それ以外は野球関係者以外にもとても参考になることが多いです。例えば、元オリックスの監督で西武の80年代の常勝時代のキャプテン、石毛宏典氏の守備を指導する際、ノックの前に素手で転がしたボールを受け取らせるところから始め、多くの点を指摘することができたことが挙げられます。そして、特にこの部分はわたしにとっては、極め付けでした。天風氏の「私たち文明国の人間は」という一言は読者でも赤面するほどですが、相手への尊敬が人の言うことを聞くという点でいかに重要かがよくわかります。
■ お わ り に
「好きなことを仕事にして、80まで現役を貫く。」移民の受け入れに消極的で、少子化対策も全く不十分という我が国の状況で、これは今後の高齢化社会への唯一の解決策ではないかと思うこの頃です。
本書の15章には、Steve Jobsの言葉「旅そのものが旅の報酬である」という言葉があって驚きました。実は、「仕事の報酬は仕事だ」とはソニーの井深大氏の言葉ですが、ともに、意味は同じで、良い仕事をすればするほど楽しく、充実した仕事ができるようになるというはないでしょうか。楽しいことをして、多くを吸収できるのは現実には難しいことですが、やっていければと思う次第です。
【 参 考 記 事 】
■ 三角関数もATPの知識も役に立つ。(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/46125440-20150901.html
■ 肥満対策のトランス脂肪酸規制、日本は米国から規制作成のプロセスを学ぶべき。(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/45438234-20150705.html
■ マクドナルド フランチャイズ化でブランド価値の維持は大丈夫?(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/45180763-20150615.html
■ マクドナルド業績悪化に見られるフランチャイズ化の功罪
中泉拓也 関東学院大学 経済学部 教授
《参考web page》
注1) 日本語の詳細な解説は以下を参照してください。大竹文雄「2014年11月25日 高齢化が起業を減らす」大竹文雄の経済脳を鍛える 日本経済研究センター https://www.jcer.or.jp/column/otake/index703.html
注2) 定年前後に“社内失業”するのはこんな人!今こそ主張したい「40歳定年制」の本当の意味
―東京大学大学院・柳川範之教授インタビュー http://diamond.jp/articles/-/52752
《参考文献》
James Liang, Hui Wang, and Edward P. Lazear (2014) “Demographics and entrepreneurship,” NBER Working Paper 20506.
40歳からの会社に頼らない働き方 (ちくま新書) [単行本]
柳川 範之 筑摩書房 2013-12-04
どうせなら、楽しく生きよう [Kindle版]
渡辺由佳里 Freshspot Publishing 2014-04-16
高 齢 化 社 会 へ の ヒ ン ト
「 ど う せ な ら 、 楽 し く 生 き よ う 」(後)
中泉 拓也(関東学院大学 経済学部教授)
徹底的に行うもう一つの方法として、「面白くないことを辛抱強く行うこと」が本書の、好きで夢中になることの対極にあると思います。しかし、我が国では、そちらの方法が一般的でしょう。本書は「面白くないことを辛抱強く行うこと」の問題点についても、非常に説得的に説明されています。この部分に感銘を覚える読者は非常に多いのではないでしょうか。私が本書を勧めたい最大の理由がここにあります。
例えば、13章では現在「ほぼ日刊イトイ新聞」を主宰している糸井重里氏が、やりたいことをやるにはどうしたらいいかと考えて「ほぼ日刊イトイ新聞」を始めた経緯や、アポロ宇宙飛行士のアラン・ビーン氏が「やりたくないことをもうやらない」と決意し、49歳の時にNASAをやめて新しい仕事を始め、プロの画家に転向したことが、感動的に述べられています。
■ 独 善 に 陥 ら な い た め に
しかし、後者同様、好きで夢中になることにも問題点があると思います。特に、独りよがりになっていないかをチェックすることが不可欠です。
本書の著者の渡辺さんも競争が苦手と述べていますが、私も同様、競争よりも棲みわけの道を最優先にしています。しかし、現代社会で全く競争に晒されないのは不可能です。むしろ競争が現代の経済の最大の活力源であることを示したのが、経済学の最大の成果の一つでもあります。
競争のメリットとしては、勝つために努力することが社会の活性化のための重要な原動力になることが一つ挙げられます。また、他者と比較することで、自分の立ち位置が明らかになるという面もあります。
前者のインセンティブが必要でないという人でも、後者のような自分の能力がどのような水準かを一定期間内にチェックすることが必要で、チェックができる場に置くことは不可欠です。また、周りに耳が痛いことを言ってくれる人がいるのはとてもありがたいでしょう。
耳の痛いことを言ってくれる人の重要性を納得出来たのが、西武やヤクルトの監督をされていた広岡達朗氏の「意識革命の勧め」に出てくる中村天風氏のエピソードです。氏はインドでヨガの大酋長であるカリアッパと出会い、カリアッパに「本当に助かる道を教えてやるからついてきなさい」といわれたそうです。にもかかわらず。カリアッパは何も教えてくれないため、天風氏が教えて欲しいと尋ねた時、カリアッパが素焼きの容器に水を満たして持ってくるよう命じられ、その通りにすると、別の容器に湯を満たして持ってくるよう指示されました。両方が揃うとカリアッパは、「その湯を水の上から注げ」と言われ、バカバカしくなった中村天風氏は、「この国ではどうか知りませんが、私たち文明国の人間は、器いっぱいに入っている水の上から湯を注げば、水も湯もこぼれることを知っています。」と反論したそうです。
すると、カリアッパは「私がお前をここに連れてきた翌日からでも教えたいと思ったのに、おまの顔を見ていると、お前の顔のなかには、私がどんないいことをいってみても、そいつをみんな、こぼしてしまう。さっきの、水がいっぱい入っている容器のようにな。お前はそういう状態だと、私は見てたのだ。『いつになったら、この水をあけてくるかな。水をカラにしてさえすれば、そこで湯を注ぎ込んでやれば、湯がいっぱいになるんだがなあ』と思っていたが、お前はいっこうに水をあけてこない。お前の頭の中にいままでのお前が詰めこんだ役にも立たない屁理屈がいっぱい入っている以上、私がいくら大事なことを言ってみても無駄なんだ。私の言うことをお前は無条件で受け入れまい。受け入れないものを与える、そんな愚かなことは私はしないよ。わかったか」
先生は「まいった」と思ったという。「お前はこれから教わるんだ。頭の中をからっぽにしておけよ」ということだなと気がついた。
広岡達朗氏の「意識改革の勧め」は、川上監督へのあまりに強い憎悪がちょっとキツいのですが、それ以外は野球関係者以外にもとても参考になることが多いです。例えば、元オリックスの監督で西武の80年代の常勝時代のキャプテン、石毛宏典氏の守備を指導する際、ノックの前に素手で転がしたボールを受け取らせるところから始め、多くの点を指摘することができたことが挙げられます。そして、特にこの部分はわたしにとっては、極め付けでした。天風氏の「私たち文明国の人間は」という一言は読者でも赤面するほどですが、相手への尊敬が人の言うことを聞くという点でいかに重要かがよくわかります。
■ お わ り に
「好きなことを仕事にして、80まで現役を貫く。」移民の受け入れに消極的で、少子化対策も全く不十分という我が国の状況で、これは今後の高齢化社会への唯一の解決策ではないかと思うこの頃です。
本書の15章には、Steve Jobsの言葉「旅そのものが旅の報酬である」という言葉があって驚きました。実は、「仕事の報酬は仕事だ」とはソニーの井深大氏の言葉ですが、ともに、意味は同じで、良い仕事をすればするほど楽しく、充実した仕事ができるようになるというはないでしょうか。楽しいことをして、多くを吸収できるのは現実には難しいことですが、やっていければと思う次第です。
【 参 考 記 事 】
■ 三角関数もATPの知識も役に立つ。(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/46125440-20150901.html
■ 肥満対策のトランス脂肪酸規制、日本は米国から規制作成のプロセスを学ぶべき。(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/45438234-20150705.html
■ マクドナルド フランチャイズ化でブランド価値の維持は大丈夫?(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/45180763-20150615.html
■ マクドナルド業績悪化に見られるフランチャイズ化の功罪
中泉拓也 関東学院大学 経済学部 教授
《参考web page》
注1) 日本語の詳細な解説は以下を参照してください。大竹文雄「2014年11月25日 高齢化が起業を減らす」大竹文雄の経済脳を鍛える 日本経済研究センター https://www.jcer.or.jp/column/otake/index703.html
注2) 定年前後に“社内失業”するのはこんな人!今こそ主張したい「40歳定年制」の本当の意味
―東京大学大学院・柳川範之教授インタビュー http://diamond.jp/articles/-/52752
《参考文献》
James Liang, Hui Wang, and Edward P. Lazear (2014) “Demographics and entrepreneurship,” NBER Working Paper 20506.
40歳からの会社に頼らない働き方 (ちくま新書) [単行本]
柳川 範之 筑摩書房 2013-12-04
どうせなら、楽しく生きよう [Kindle版]
渡辺由佳里 Freshspot Publishing 2014-04-16
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