NTTは、40歳から50歳までの現役世代の賃金カーブの伸びを抑えるという施策でしたね。

安藤:そうです。それによって65歳までの賃金原資を確保するということでした。これは基本的には、60歳以上の人にも普通の労働者としていろいろな仕事をこなしてもらおうという考え方です。

 トヨタ自動車の場合は少し違います。一部新聞報道により、定年後には全員が清掃や緑化業務を担当するというような印象を受けた人もいるかもしれませんが、そうではありません。健康などの問題でこれまでだったら継続雇用が困難だった人を対象として、清掃や緑化などの仕事を用意します、という話なんです。全員清掃事業に回ってもらいますよ、と言っているのではないです。

定年廃止では米国型に近くなる

 これまでだって必要な人は再雇用し、そこそこの人でもある程度は処遇していました。これに対して、これまでは健康問題など様々理由で実質的に継続雇用されるのが難しかった人でも、本人が望んだら雇わなければならないケースが増えるため、そういった人でも活躍できる場所を用意しましょうということです。

現場で、世代間の不公平感を刺激しそうな気もしますが…。

安藤:しかし、高齢者だって皆が喜んでいるわけではないでしょう。本当はリタイアして年金をもらう方がうれしかったかもしれません。そもそも60歳から年金をもらえるはずだったのに、支給開始年齢が徐々に引き上げられることになった。つまり約束を一方的に破られているわけですよね。だから、高齢者だけ優遇されていてずるいとも言えないのです。

継続雇用は、定年廃止、定年延長と比べ、選択肢としてはどういう位置づけになるでしょうか。

安藤:一番、選ばれやすい方法ですよね。例えば定年を廃止するというのは区切りが付けにくいわけです。定年がなくてもいつかは仕事を辞めてもらう必要があり、あえて言うなら米国型に近くなる。でも、日本では能力不足を理由にして辞めてもらうのは実質的には難しいでしょう。その場合は定年退職ではなくて「普通解雇」になるからです。

 普通解雇というのは、労働者が定められた仕事をできなくなった場合の解雇です。しかし日本では多くの場合、職務を特定しないかたちで労働者が雇われているため、その労働者が現在の仕事をできないだけでは解雇できません。したがって配置転換をして十分なチャンスを与えたり、教育したりすること、また与えられた仕事がこなせないことを立証するために、上司が記録をつけたりしながら「本当に何をやらせてもだめなのか」を検証する必要があります。
例えば欧州では、定年を定めることが禁止されています。年齢を理由とする差別に当たりますからね。その代わり、あらかじめ定められた仕事で働く能力がなくなれば、当然にその仕事を辞めることになります。これは、日本のように職能給型ではなく職務型であり、仕事の内容が「ジョブディスクリプション」という形で明確になっているからこそ可能なのです。

 日本で正社員として雇われている場合、採用する時の契約は、基本的には総務でも人事でも営業でも企画でも何でもやってもらいますという、企業にとって働かせ方の自由度が高いものであることが多いですね。

 採用する時に仕事を特定していないからこそ、会社側が好き勝手に働く場所や仕事の中身などを変えられる。そして自由度が高い働かせ方が可能である代わりに、能力不足を理由に解雇しようと思った時は、まず、ほかにいろいろな仕事をさせてみて、それでもだめだとなって初めて普通解雇が可能になるという手順になるわけなのです。よく日本では、正社員の解雇が厳しいと言われたりしますが、こう考えると解雇に条件が課されるのは当たり前だということが分かるのではないでしょうか。

なるほど。しかしそもそも、なぜこういう制度になったのですか。

安藤:日本の雇用は長い間、法律上は1年までの有期雇用か、期間の定めのない無期契約のどちらかしかありませんでした。そして最近になって、契約期間の上限は原則3年、例外5年になりました。一般に正社員と言われる働き方は、無期で直接雇用でフルタイムということが条件となりますが、そのなかで最も大事なのはやはり無期であることですね。雇用の安定を気にする人が多いからです。

 無期雇用というと、定年までの長期雇用のことだと思われがちなのですが、実は法律上は、これは「日雇いの自動更新」のようなものなのです。自動更新とは、今日も1日仕事をして、帰るまでに企業側と労働者側のどちらも「雇用契約をやめましょう」とか、「退職します」とかいった申し出がなかった。だから明日も自動的に契約関係が続いている、といった感じです。

口約束ばかりでトラブルが多発した高度成長時代

 高度成長期には、なにしろ人手が足りなかったので、「長い間いてもらうから」とか「後で報いるから我慢してくれ」などと口約束をしてどんどん人を雇った。口約束も約束です。民法では解約の申し入れをしてから2週間で無期雇用契約は終了することになっているのですが、裁判になると、長期契約を約束したのだから雇用を守りましょうという判断になった。

 こうして無期契約が、判例を通じて実質的に定年までの長期契約へと置き換えられていったわけです。   つづく

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