高齢者雇用政策の展望:生涯現役社会
2013年2月4日 お仕事 2013-01-31 基礎研レポート:「高齢者雇用政策の展望~生涯現役社会/エイジフリー社会の実現に向けて」生活研究部門 准主任研究員 前田 展弘氏(東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員/ニッセイ基礎研究所)の下記論文をご参考までに紹介させていただきます。
『生涯現役プロデューサー』に仮登録されている皆様方の意欲あるご意見・ご提言をぜひお伺いいたしたく、本稿をご紹介させていただき、図表は恐縮ながら省略をご容赦ください。
URL=http://www.nli-research.co.jp/report/nlri_report/2012/report130131.html をご高覧願います。
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【高齢者雇用政策の展望~ 生 涯 現 役 社 会 /
エイジフリー社会の実現に向けて】 生活研究部門 准主任研究員 前田 展弘
(東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員)
1――はじめに ~超高齢未来の姿を決定づける「高齢者の就労と活躍」
私たち一人ひとりが、“いつまで働くか”、“高齢期にどのように活躍し続けるか(活躍し続けられるか)”というテーマは、個人の人生設計において大きな問題であると同時に、社会にとってもこれからの超高齢未来の姿を決定づける極めて重要な問題である。年金の仕組みや福祉サービス、また経済の成り立ちを考えても、社会は支える人と支えられる人とで構成されており、今後社会を支える人が減少し続ければ社会としての持続性が大いに危ぶまれる。
実はこの問題の解決の答えは明確にわかっている。それは“年齢に関わらず働きたい人が働ける社会にする”ということである。政府が策定する「高齢社会対策大綱」(2012 年9月改定)、厚生労働省の「高年齢者雇用就業対策」また「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告(2011 年6月)」等が示す方向性、さらには世界の先進各国における政策方向を見てもそれは確かである。
このことは「生涯現役社会」「エイジフリー社会」という言葉で表現されて、その実現に向けた国政レベルの検討が進められている。しかし、その実現は一筋縄にはいかない。なぜなら、定年と年金制度との関係(高齢期の所得保障の連続性)、既存の日本型雇用慣行・ルールとの関係(定年延長が企業経営に与える影響等)、高齢者が活躍できる環境との関係、また個人の生き方との関係といった国(行政)、企業、地域(自治体)、国民の間で相互に関連することを総合的に捉えながら、最適な雇用・就労のシステムを新たに築いていかなければならないからである。
本稿では、これまでの高齢者雇用政策の流れを確認した上で、高齢者雇用の現状と課題を概観し、その課題解決に向けた方向性について私見を述べる。
2――これまでの高齢者雇用政策の流れ
政府による高齢者雇用対策が進められたのは1960 年代からと言えよう。当時は50 歳あるいは55歳くらいで定年を迎える時代であった。
そのような年齢で定年を迎えることは今では信じがたいところである。しかし、1960 年の平均寿命は男性が65.32 歳、女性が70.19 歳であったので、適当だったということであろう。当時の引退した高齢者は子供と同居して扶養(私的扶養)されて余生をすごすのが通例であったが、徐々に寿命が延伸し引退後の生活が長期化していくなかで、高齢期の生活(所得)保障のあり方については社会として問題視されていく。1961 年に公的年金制度(国民皆年金)が制定されたが、当時の受給対象者は極僅かで、ほとんどの高齢者は自らの貯蓄を取り崩すか子供に世話になる形で引退後の生活をおくっていた。こうした中で講じられた当初の高齢者雇用対策は引退後の「失業対策としての再就職(新規雇用)」に関する施策が中心であった。
1970 年代に入ると労働市場内部における雇用維持施策、つまり「定年延長」の取り組みが始まる。1973 年には改正雇用対策法で定年延長促進のための施策の充実が明示される等、「定年延長」が高齢者雇用対策の最重要課題として位置づけられるようになる。1960 年代が定年後の事後的対応であったのに対し、70 年代からは定年延長という予防的対応に高齢者雇用対策は切り替わっていったのである。
その後も「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法(1971 年制定)」(略称:中高法)を中心に定年延長に向けた取り組みが進められ、1986 年には前述の中高法が改称された「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(略称:高年齢者雇用安定法)のもとで企業に対する60 歳定年の努力義務化が立法化される。しかし、時を同じくして60 歳定年では事足りない事態を迎える。
それは1985 年に実施された年金制度の抜本的大改革である。老齢年金支給開始年齢を現行の60 歳から65 歳へ段階的な引き上げを行うことが決定される。高齢者雇用対策としてもこの年金制度改正を受ける形で1990年から「65 歳までの継続雇用確保」の取り組みをスタートさせ、その前提として1994 年には「60 歳定年」の義務化がはかられることとなったのである。
60 歳定年がほぼ定着すると、2004 年には65 歳までの雇用確保を確実なものとするべく措置の法的義務化(段階的対応)がはかられる。この結果、企業は、①定年の廃止、②定年の引き上げ、③継続雇用制度の導入、のいずれかの措置を講じなければならなくなった。②③については2013 年4月1日までに雇用確保義務年齢を65 歳以上に引き上げる必要があり、これで我々国民としては少なくとも65 歳までの雇用確保の道筋が着いたことになったのである。さらに近年では厚生労働省主導のもと、70 歳まで働ける企業推進プロジェクトが継続され、70 歳までの雇用確保の延長に向けた取り組みも進められている。
図表1:高年齢者雇用安定法改正の経緯
改正年 主な改正内容
1986(昭和61)年 ※中高法改正(⇒「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」に改称)
・60 歳定年の努力義務化 等
1990(平成2)年 ・65 歳までの継続雇用の推進 等
1994(平成6)年 ■60 歳定年の義務化 等
1996(平成8)年 ・シルバー人材センター事業の発展・拡充 等
2000(平成12)年 ・再就職援助計画制度の拡充
・定年引上げ等による高年齢者雇用確保措置導入の努力義務化 等
2004(平成16)年 ■定年引上げ等による高年齢者雇用確保措置導入の法的義務化(段階的取り組み) 等
2012(平成24)年 ・継続雇用制度の対象者を限定する仕組みの廃止(希望者全員が対象となる制度へ改正 等
資料:ニッセイ基礎研究所作成
3――高齢者雇用の現状と課題
このようにして政策的には65 歳までの雇用、さらには70 歳までの雇用延長に向けた取り組みが進められてきたが、実際の高齢者はどのような就労実態にあるのか。その現状をみていくことにしよう。
1|定年を迎えた後の選択(継続雇用の希望状況)
定年がありかつ継続雇用制度がある企業で定年を迎えた人を対象に、継続雇用制度を希望したかどうかの結果をみると、希望して継続雇用された人の割合は73.6%、希望したが基準に該当しなくて退職となった人は1.6%となっている。継続雇用を希望しないで退職の道、つまり次の新たな道を選択した人は24.8%といった状況である。(図表2:定年到達者の動向)
2|65 歳以降の就労実態
65 歳を過ぎてもまだまだ元気な人は多く見られるが、実際どれくらいの人が働き続けているのだろうか。2011 年時点の総務省労働力調査による年齢段階別の結果をみると(図表3)、男女合わせた65-69
歳では35.3%、70-74 歳では22.8%、75 歳以上では8.3%という状況にある。逆に言えば、65-69 歳の方でも約6割の方が特に仕事を有していないということになる。能力も経験も豊かな高齢者の多くが就業していない現状は社会として大きな課題と言える。
また、65 歳以上の高齢者の就業状況について過去からの変化はどうであろうか。農林業と非農林業に分けた上で就業者数と就業率をみると(図表4)、全体として就業者数は「増加」傾向にある。2010年時点で約570 万人(65 歳以上)が仕事を有している。
一方で、65 歳以上の就業率は緩やかな低下傾向にある。高齢者の高齢化(75 歳以上の後期高齢者が増加)が進行していることの影響もあるが、過去よりも65 歳以上になって活躍できる人が少ない社会となったことは事実である。
その理由は、20世紀後半からの産業構造の変化(3次産業へのシフト)により、定年を有する就業者が増えたためであり当然の帰結ということも言えるが、社会としては課題視すべきことであろう。
現状をもう少し丁寧にみると、農林業に従事する65 歳以上者の数は過去から大きな変化がないが、若者の農林業従事者が過去よりも減少していることにより、65 歳以上の農林業従事者の割合は結果的に急速に高まっている。
非農林業においては、65 歳以上の就業者数は大きく増加し、65 歳以上の就業率も上昇しつつあるものの、僅かな上昇に止まっている。社会全体の活力を増大させていくためには、このような就業率の変化からも、非農林業出身の定年者のセカンドライフの就労機会をさらに拡大していくことが改めて必要であることが確認できる。(図表3:年齢階層別 就業率)
3|高齢期の就労意欲とその理由
ここまでみると、実は「早く退職したい、働きたくない」という人が多いのではないかと考えることもできる。果たしてどうなのか。60 歳以上の人を対象に「何歳まで働きたいか」を聞いた調査(内閣府、2008 年)によれば、約4割の人は「働けるうちはいつまでも働きたい」と答えている。左記を含めた約7割の人は少なくとも「70 歳まで働きたい」という結果である。前述の65-69 歳の就業率が約3割強であるのに対し、国民の就労意欲と乖離があることがわかる。(図表5:高齢者の就業意欲~いつまで働きたいか/60 歳以上の男女)
なお、こうした日本人の就労意欲の高さは各国との比較でも確認できる。65 歳以上の仕事を有している高齢者に、「今後も仕事をし続けたいか」を聞いた国際比較の調査でも、日本は約9割が就労の継続を希望している。ドイツ・スウェーデンの欧州各国と比べてその意欲の高さがわかる。韓国とアメリカの高齢者も高い就労意欲をもっているが、理由が日本とやや異なる。韓国は圧倒的に経済的理由の割合が高く、アメリカは経済的理由に加えて仕事に対する魅力の割合が高い特徴がある。日本は健康のためや仕事を通じて社会とのつながりを求める人が相対的に多いというところに特徴が見られる。(図表6:今後の就労意欲と継続希望理由/国際比較)
①収入が欲しいから(経済的理由)
②仕事そのものが面白いから、自分の活力になるから(仕事の魅力)
③仕事を通じて友人や仲間を得ることができるから(社会交流)
④働くのは体によいから、老化を防ぐから(健康増進)
⑤その他(無回答を含む)
※アメリカと韓国の質問には③の選択肢はない
資料:内閣府「第7回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」(2010 年)
4|高齢者の就労が拡大できない理由(高齢者と企業のそれぞれの理由)
それでは就労意欲の高い人が多いにも関わらず、就労できない人が多いのはなぜなのか。高齢者と企業側の双方の理由をみていくことにする。
①就業希望の高齢者の意見(65-69 歳の回答)
働くことを希望しながら就業につけない人(65-69 歳)の理由をみると、第一に挙げられるのが「適当な仕事がない」ということである。自分の経験や能力を活かせて、また短日や短時間で働けるといった働き方の条件も加味してみたときに、現在の労働市場には魅力ある適当な仕事がないのが実状なのであろう。(図表7:就業希望者(65-69 歳)の仕事に就けなかった理由)
②企業のスタンス
一方で、高齢者の雇用を増やさない方向にある企業にその理由を聞くと、就業希望高齢者の回答を裏返すように「高齢者に適した仕事がない」とする回答が最も多くなっている。他方、高齢者の雇用を増やす方向にある企業にその理由を聞くと、「高齢者の経験・能力を活用したい」が最も多く、次いで「高齢者に適した仕事または年齢に関係しない仕事がある」との回答が続く。相対する回答になっているように、高齢者の就労能力や価値を活かすことができるかどうかが高齢者の雇用拡大の一つの大きな条件になっているということがわかる。
(図表8:高齢者の雇用を増やさない理由、増やす理由/2つ以内回答)
(高齢者雇用を増やさない理由)(%)
高齢者に適した仕事がない43.4
高齢者に限らず採用の予定はない40.6
高齢者は体力、健康の面で無理がきかない29.7
若年・中年層の雇用が優先される26.3
人件費が割高である4.7
高齢者は過去の経歴にこだわる1.5
高齢者は定着率が悪い0.6
その他2.0
(高齢者雇用を増やす理由)(%)
高齢者の経験・能力を活用したい70.7
高齢者に適した仕事または年齢に関係しない仕事がある35.3
高齢者を雇用することは時代の社会的要請である24.3
人件費を低く抑えられる16.4
自社内で高齢化が進んでいる13.1
若年・中年層の採用が難しい8.5
高齢者は定着率が良い6.9
国や自治体の援助制度が活用できる5.0
その他0.1
資料:厚生労働省「高年齢者就業実態調査(事業所調査)」(2004 年)
4――解決に向けた論点~生涯現役社会/エイジフリー社会に向かって
以上を整理すると、高齢者雇用政策の大きな方向性としては「年齢に関わらず働きたい人が働ける社会」にしていく、つまり「生涯現役社会」「エイジフリー社会」の実現をはかっていくことがある。
そのことは国民の多くも望んでいて、高齢期における就労意欲も高い実態にある。しかし、単純な雇用の延長は、企業にとっては人事コストや処遇の問題、既存の雇用ルールとの関係、高齢者を活かす職務開発及び環境整備ができていないといった様々な事情があるのも事実である。その結果、高齢者の就労拡大は思うように進んでいない、ということが実情と言える。こうした現状を打破していくには何が必要なのか。上記の理想の社会を実現していくために、個人、政府及び企業、地域の自治体の3者に向けて、今後取り組むべき視点を挙げておきたい。
1|「65 歳まで働きその後は年金暮らし」でよいのか(個人の課題)
まず個人のセカンドライフに対する考え方の問題がある。政策として少なくとも65 歳までの雇用が確保され、その後は基本的には年金が受け取れることになる。ややもすれば、それで“安泰”と考えてしまう人も少なくないかもしれない。そうしたコースを辿れること自体、恵まれているという見方もある。
しかしながら、たった一度しかない人生を最期までより豊かに過ごしていくためには65 歳での引退は早すぎるであろう。65 歳もあくまで人生の通過点として、本当の意味での完全引退までしっかり活躍し続けるビジョンを持つことが大切である。65 歳からのセカンドライフ、またはそれ以前からのキャリア形成に向けて、できるだけ若いときから準備していくことが肝要である。
2|「年齢差別禁止法」の導入と企業の雇用ルールの見直しの必要性(政府と企業の課題)
上記のような個人の生き方に社会が呼応していくには、もう一段の高齢者の雇用政策が求められる。これまで年金支給との接続を最優先に前述のような雇用確保の対策が講じられてきたが、今後は雇用における「年齢差別禁止」策まで踏み込んでいくことが社会の要請として求められていくに違いない。
米国では1967 年に「雇用における年齢差別禁止法(The Age Discrimination in Employment Act of1967;ADEA)」が成立していることはよく知られているが、欧州連合(EU)でも2000 年に「雇用及び職業における均等待遇の一般的枠組みを設定する指令」が採択されて、年齢を含む4つの事由について雇用差別が禁止されている(EU 各国はこの指令を受けて各種の法改正を実施)。このような策の導入は、「生涯現役社会」「エイジフリー社会」を実現するためには必要なことと考えるが、単純に企業に雇用義務の延長を押し付けることを主張するつもりはない。ただでさえ、若者の雇用情勢が厳しいなかで、無条件で延々と高齢者を雇用し続けるのは非現実的であろう。
企業に対して期待したいことは、年齢を基準としない雇用環境づくりを進めるためにも、能力評価技術の改善や若者とのベストミックス及び生産性向上につながることを追及するなかでの高齢者向けの新たなポスト・業務開発、それらを反映する人事諸制度の見直し等、新たな雇用制度・システムへの改革に前向きに取り組んでいただきたいということである。こうした改革は、言うは易し行うは難しの大きなテーマであり、社会全体での国民的議論も必要になろう。いずれにしても、超高齢化という時代の変化のなかで、日本社会の発展を目指す視点に立てば、超高齢化を好機と捉えるスタンスで、個々の企業の取り組みの積み重ねによる雇用市場全体の変革が進むことを期待したい。
3|「地域社会で高齢者を雇用」するという視点(地域・自治体の課題)
超高齢未来における高齢者の活躍を考えたときには、地域社会の役割がより重要になる。いわゆる現役生活から退職した人は地域の中に新たな活躍の場を求める人が多い。しかし、地域に目を向けても魅力ある活躍の場が少ないという高齢者の声をよく耳にする。「やることがない、行くところがない、会う人がいない」という“ないないづくし”のため、自宅に引きこもりがちになってしまう高齢者が少なくない。そうした生活を続けると生活不活発病(廃用症候群)や社会的孤立の問題を誘発する。
こうした現象は特にベッドタウンと称される都市近郊地域で顕在化している。「地域社会の中に高齢者の活躍場所を広く創造する」ということは、超高齢未来において不可欠な取組課題である。それぞれの地域で抱える課題を高齢者の力で解決するような、そうした取り組みが大いに期待される。
なお、この視点での取り組みについては、筆者も参加して取り組んでいる千葉県柏市における「生きがい就労事業」がある。
5――さいごに
“Live Longer,Work Longer(長く生き、長く働こう)”、この言葉はOECD(経済協力開発機構)が2005 年に開催された「高齢化と雇用政策に関するハイレベル政策フォーラム」をまとめた報告書のタイトルである。世界全体で「高齢化と雇用政策」について検討した結果、今後の方向性として強調されていることは、高齢化の事象を「課題ではなく機会(チャンス)」として捉えていくべきということであった。エイジ・フレンドリーな雇用政策と雇用慣行の果敢な見直しを推進することによって、社会のさらなる繁栄が訪れる旨の提言がなされている。
やがて人口の3人に1人が65 歳以上の高齢者となる超高齢未来が確実に訪れる。そうした超高齢未来を国民一人ひとりがより豊かに、そして社会としての持続的な発展をはかっていくには、「生涯現役社会」「エイジフリー社会」の実現は欠かせない。年齢差別禁止策の導入を通じた雇用市場の自由度の拡大、地域社会における高齢者雇用の促進は極めて重要な政策視点と考える。上記のメッセージを一人でも多くの人が実践できるように、社会の改革が進むことを大いに期待する。
『生涯現役プロデューサー』に仮登録されている皆様方の意欲あるご意見・ご提言をぜひお伺いいたしたく、本稿をご紹介させていただき、図表は恐縮ながら省略をご容赦ください。
URL=http://www.nli-research.co.jp/report/nlri_report/2012/report130131.html をご高覧願います。
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【高齢者雇用政策の展望~ 生 涯 現 役 社 会 /
エイジフリー社会の実現に向けて】 生活研究部門 准主任研究員 前田 展弘
(東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員)
1――はじめに ~超高齢未来の姿を決定づける「高齢者の就労と活躍」
私たち一人ひとりが、“いつまで働くか”、“高齢期にどのように活躍し続けるか(活躍し続けられるか)”というテーマは、個人の人生設計において大きな問題であると同時に、社会にとってもこれからの超高齢未来の姿を決定づける極めて重要な問題である。年金の仕組みや福祉サービス、また経済の成り立ちを考えても、社会は支える人と支えられる人とで構成されており、今後社会を支える人が減少し続ければ社会としての持続性が大いに危ぶまれる。
実はこの問題の解決の答えは明確にわかっている。それは“年齢に関わらず働きたい人が働ける社会にする”ということである。政府が策定する「高齢社会対策大綱」(2012 年9月改定)、厚生労働省の「高年齢者雇用就業対策」また「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告(2011 年6月)」等が示す方向性、さらには世界の先進各国における政策方向を見てもそれは確かである。
このことは「生涯現役社会」「エイジフリー社会」という言葉で表現されて、その実現に向けた国政レベルの検討が進められている。しかし、その実現は一筋縄にはいかない。なぜなら、定年と年金制度との関係(高齢期の所得保障の連続性)、既存の日本型雇用慣行・ルールとの関係(定年延長が企業経営に与える影響等)、高齢者が活躍できる環境との関係、また個人の生き方との関係といった国(行政)、企業、地域(自治体)、国民の間で相互に関連することを総合的に捉えながら、最適な雇用・就労のシステムを新たに築いていかなければならないからである。
本稿では、これまでの高齢者雇用政策の流れを確認した上で、高齢者雇用の現状と課題を概観し、その課題解決に向けた方向性について私見を述べる。
2――これまでの高齢者雇用政策の流れ
政府による高齢者雇用対策が進められたのは1960 年代からと言えよう。当時は50 歳あるいは55歳くらいで定年を迎える時代であった。
そのような年齢で定年を迎えることは今では信じがたいところである。しかし、1960 年の平均寿命は男性が65.32 歳、女性が70.19 歳であったので、適当だったということであろう。当時の引退した高齢者は子供と同居して扶養(私的扶養)されて余生をすごすのが通例であったが、徐々に寿命が延伸し引退後の生活が長期化していくなかで、高齢期の生活(所得)保障のあり方については社会として問題視されていく。1961 年に公的年金制度(国民皆年金)が制定されたが、当時の受給対象者は極僅かで、ほとんどの高齢者は自らの貯蓄を取り崩すか子供に世話になる形で引退後の生活をおくっていた。こうした中で講じられた当初の高齢者雇用対策は引退後の「失業対策としての再就職(新規雇用)」に関する施策が中心であった。
1970 年代に入ると労働市場内部における雇用維持施策、つまり「定年延長」の取り組みが始まる。1973 年には改正雇用対策法で定年延長促進のための施策の充実が明示される等、「定年延長」が高齢者雇用対策の最重要課題として位置づけられるようになる。1960 年代が定年後の事後的対応であったのに対し、70 年代からは定年延長という予防的対応に高齢者雇用対策は切り替わっていったのである。
その後も「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法(1971 年制定)」(略称:中高法)を中心に定年延長に向けた取り組みが進められ、1986 年には前述の中高法が改称された「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(略称:高年齢者雇用安定法)のもとで企業に対する60 歳定年の努力義務化が立法化される。しかし、時を同じくして60 歳定年では事足りない事態を迎える。
それは1985 年に実施された年金制度の抜本的大改革である。老齢年金支給開始年齢を現行の60 歳から65 歳へ段階的な引き上げを行うことが決定される。高齢者雇用対策としてもこの年金制度改正を受ける形で1990年から「65 歳までの継続雇用確保」の取り組みをスタートさせ、その前提として1994 年には「60 歳定年」の義務化がはかられることとなったのである。
60 歳定年がほぼ定着すると、2004 年には65 歳までの雇用確保を確実なものとするべく措置の法的義務化(段階的対応)がはかられる。この結果、企業は、①定年の廃止、②定年の引き上げ、③継続雇用制度の導入、のいずれかの措置を講じなければならなくなった。②③については2013 年4月1日までに雇用確保義務年齢を65 歳以上に引き上げる必要があり、これで我々国民としては少なくとも65 歳までの雇用確保の道筋が着いたことになったのである。さらに近年では厚生労働省主導のもと、70 歳まで働ける企業推進プロジェクトが継続され、70 歳までの雇用確保の延長に向けた取り組みも進められている。
図表1:高年齢者雇用安定法改正の経緯
改正年 主な改正内容
1986(昭和61)年 ※中高法改正(⇒「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」に改称)
・60 歳定年の努力義務化 等
1990(平成2)年 ・65 歳までの継続雇用の推進 等
1994(平成6)年 ■60 歳定年の義務化 等
1996(平成8)年 ・シルバー人材センター事業の発展・拡充 等
2000(平成12)年 ・再就職援助計画制度の拡充
・定年引上げ等による高年齢者雇用確保措置導入の努力義務化 等
2004(平成16)年 ■定年引上げ等による高年齢者雇用確保措置導入の法的義務化(段階的取り組み) 等
2012(平成24)年 ・継続雇用制度の対象者を限定する仕組みの廃止(希望者全員が対象となる制度へ改正 等
資料:ニッセイ基礎研究所作成
3――高齢者雇用の現状と課題
このようにして政策的には65 歳までの雇用、さらには70 歳までの雇用延長に向けた取り組みが進められてきたが、実際の高齢者はどのような就労実態にあるのか。その現状をみていくことにしよう。
1|定年を迎えた後の選択(継続雇用の希望状況)
定年がありかつ継続雇用制度がある企業で定年を迎えた人を対象に、継続雇用制度を希望したかどうかの結果をみると、希望して継続雇用された人の割合は73.6%、希望したが基準に該当しなくて退職となった人は1.6%となっている。継続雇用を希望しないで退職の道、つまり次の新たな道を選択した人は24.8%といった状況である。(図表2:定年到達者の動向)
2|65 歳以降の就労実態
65 歳を過ぎてもまだまだ元気な人は多く見られるが、実際どれくらいの人が働き続けているのだろうか。2011 年時点の総務省労働力調査による年齢段階別の結果をみると(図表3)、男女合わせた65-69
歳では35.3%、70-74 歳では22.8%、75 歳以上では8.3%という状況にある。逆に言えば、65-69 歳の方でも約6割の方が特に仕事を有していないということになる。能力も経験も豊かな高齢者の多くが就業していない現状は社会として大きな課題と言える。
また、65 歳以上の高齢者の就業状況について過去からの変化はどうであろうか。農林業と非農林業に分けた上で就業者数と就業率をみると(図表4)、全体として就業者数は「増加」傾向にある。2010年時点で約570 万人(65 歳以上)が仕事を有している。
一方で、65 歳以上の就業率は緩やかな低下傾向にある。高齢者の高齢化(75 歳以上の後期高齢者が増加)が進行していることの影響もあるが、過去よりも65 歳以上になって活躍できる人が少ない社会となったことは事実である。
その理由は、20世紀後半からの産業構造の変化(3次産業へのシフト)により、定年を有する就業者が増えたためであり当然の帰結ということも言えるが、社会としては課題視すべきことであろう。
現状をもう少し丁寧にみると、農林業に従事する65 歳以上者の数は過去から大きな変化がないが、若者の農林業従事者が過去よりも減少していることにより、65 歳以上の農林業従事者の割合は結果的に急速に高まっている。
非農林業においては、65 歳以上の就業者数は大きく増加し、65 歳以上の就業率も上昇しつつあるものの、僅かな上昇に止まっている。社会全体の活力を増大させていくためには、このような就業率の変化からも、非農林業出身の定年者のセカンドライフの就労機会をさらに拡大していくことが改めて必要であることが確認できる。(図表3:年齢階層別 就業率)
3|高齢期の就労意欲とその理由
ここまでみると、実は「早く退職したい、働きたくない」という人が多いのではないかと考えることもできる。果たしてどうなのか。60 歳以上の人を対象に「何歳まで働きたいか」を聞いた調査(内閣府、2008 年)によれば、約4割の人は「働けるうちはいつまでも働きたい」と答えている。左記を含めた約7割の人は少なくとも「70 歳まで働きたい」という結果である。前述の65-69 歳の就業率が約3割強であるのに対し、国民の就労意欲と乖離があることがわかる。(図表5:高齢者の就業意欲~いつまで働きたいか/60 歳以上の男女)
なお、こうした日本人の就労意欲の高さは各国との比較でも確認できる。65 歳以上の仕事を有している高齢者に、「今後も仕事をし続けたいか」を聞いた国際比較の調査でも、日本は約9割が就労の継続を希望している。ドイツ・スウェーデンの欧州各国と比べてその意欲の高さがわかる。韓国とアメリカの高齢者も高い就労意欲をもっているが、理由が日本とやや異なる。韓国は圧倒的に経済的理由の割合が高く、アメリカは経済的理由に加えて仕事に対する魅力の割合が高い特徴がある。日本は健康のためや仕事を通じて社会とのつながりを求める人が相対的に多いというところに特徴が見られる。(図表6:今後の就労意欲と継続希望理由/国際比較)
①収入が欲しいから(経済的理由)
②仕事そのものが面白いから、自分の活力になるから(仕事の魅力)
③仕事を通じて友人や仲間を得ることができるから(社会交流)
④働くのは体によいから、老化を防ぐから(健康増進)
⑤その他(無回答を含む)
※アメリカと韓国の質問には③の選択肢はない
資料:内閣府「第7回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」(2010 年)
4|高齢者の就労が拡大できない理由(高齢者と企業のそれぞれの理由)
それでは就労意欲の高い人が多いにも関わらず、就労できない人が多いのはなぜなのか。高齢者と企業側の双方の理由をみていくことにする。
①就業希望の高齢者の意見(65-69 歳の回答)
働くことを希望しながら就業につけない人(65-69 歳)の理由をみると、第一に挙げられるのが「適当な仕事がない」ということである。自分の経験や能力を活かせて、また短日や短時間で働けるといった働き方の条件も加味してみたときに、現在の労働市場には魅力ある適当な仕事がないのが実状なのであろう。(図表7:就業希望者(65-69 歳)の仕事に就けなかった理由)
②企業のスタンス
一方で、高齢者の雇用を増やさない方向にある企業にその理由を聞くと、就業希望高齢者の回答を裏返すように「高齢者に適した仕事がない」とする回答が最も多くなっている。他方、高齢者の雇用を増やす方向にある企業にその理由を聞くと、「高齢者の経験・能力を活用したい」が最も多く、次いで「高齢者に適した仕事または年齢に関係しない仕事がある」との回答が続く。相対する回答になっているように、高齢者の就労能力や価値を活かすことができるかどうかが高齢者の雇用拡大の一つの大きな条件になっているということがわかる。
(図表8:高齢者の雇用を増やさない理由、増やす理由/2つ以内回答)
(高齢者雇用を増やさない理由)(%)
高齢者に適した仕事がない43.4
高齢者に限らず採用の予定はない40.6
高齢者は体力、健康の面で無理がきかない29.7
若年・中年層の雇用が優先される26.3
人件費が割高である4.7
高齢者は過去の経歴にこだわる1.5
高齢者は定着率が悪い0.6
その他2.0
(高齢者雇用を増やす理由)(%)
高齢者の経験・能力を活用したい70.7
高齢者に適した仕事または年齢に関係しない仕事がある35.3
高齢者を雇用することは時代の社会的要請である24.3
人件費を低く抑えられる16.4
自社内で高齢化が進んでいる13.1
若年・中年層の採用が難しい8.5
高齢者は定着率が良い6.9
国や自治体の援助制度が活用できる5.0
その他0.1
資料:厚生労働省「高年齢者就業実態調査(事業所調査)」(2004 年)
4――解決に向けた論点~生涯現役社会/エイジフリー社会に向かって
以上を整理すると、高齢者雇用政策の大きな方向性としては「年齢に関わらず働きたい人が働ける社会」にしていく、つまり「生涯現役社会」「エイジフリー社会」の実現をはかっていくことがある。
そのことは国民の多くも望んでいて、高齢期における就労意欲も高い実態にある。しかし、単純な雇用の延長は、企業にとっては人事コストや処遇の問題、既存の雇用ルールとの関係、高齢者を活かす職務開発及び環境整備ができていないといった様々な事情があるのも事実である。その結果、高齢者の就労拡大は思うように進んでいない、ということが実情と言える。こうした現状を打破していくには何が必要なのか。上記の理想の社会を実現していくために、個人、政府及び企業、地域の自治体の3者に向けて、今後取り組むべき視点を挙げておきたい。
1|「65 歳まで働きその後は年金暮らし」でよいのか(個人の課題)
まず個人のセカンドライフに対する考え方の問題がある。政策として少なくとも65 歳までの雇用が確保され、その後は基本的には年金が受け取れることになる。ややもすれば、それで“安泰”と考えてしまう人も少なくないかもしれない。そうしたコースを辿れること自体、恵まれているという見方もある。
しかしながら、たった一度しかない人生を最期までより豊かに過ごしていくためには65 歳での引退は早すぎるであろう。65 歳もあくまで人生の通過点として、本当の意味での完全引退までしっかり活躍し続けるビジョンを持つことが大切である。65 歳からのセカンドライフ、またはそれ以前からのキャリア形成に向けて、できるだけ若いときから準備していくことが肝要である。
2|「年齢差別禁止法」の導入と企業の雇用ルールの見直しの必要性(政府と企業の課題)
上記のような個人の生き方に社会が呼応していくには、もう一段の高齢者の雇用政策が求められる。これまで年金支給との接続を最優先に前述のような雇用確保の対策が講じられてきたが、今後は雇用における「年齢差別禁止」策まで踏み込んでいくことが社会の要請として求められていくに違いない。
米国では1967 年に「雇用における年齢差別禁止法(The Age Discrimination in Employment Act of1967;ADEA)」が成立していることはよく知られているが、欧州連合(EU)でも2000 年に「雇用及び職業における均等待遇の一般的枠組みを設定する指令」が採択されて、年齢を含む4つの事由について雇用差別が禁止されている(EU 各国はこの指令を受けて各種の法改正を実施)。このような策の導入は、「生涯現役社会」「エイジフリー社会」を実現するためには必要なことと考えるが、単純に企業に雇用義務の延長を押し付けることを主張するつもりはない。ただでさえ、若者の雇用情勢が厳しいなかで、無条件で延々と高齢者を雇用し続けるのは非現実的であろう。
企業に対して期待したいことは、年齢を基準としない雇用環境づくりを進めるためにも、能力評価技術の改善や若者とのベストミックス及び生産性向上につながることを追及するなかでの高齢者向けの新たなポスト・業務開発、それらを反映する人事諸制度の見直し等、新たな雇用制度・システムへの改革に前向きに取り組んでいただきたいということである。こうした改革は、言うは易し行うは難しの大きなテーマであり、社会全体での国民的議論も必要になろう。いずれにしても、超高齢化という時代の変化のなかで、日本社会の発展を目指す視点に立てば、超高齢化を好機と捉えるスタンスで、個々の企業の取り組みの積み重ねによる雇用市場全体の変革が進むことを期待したい。
3|「地域社会で高齢者を雇用」するという視点(地域・自治体の課題)
超高齢未来における高齢者の活躍を考えたときには、地域社会の役割がより重要になる。いわゆる現役生活から退職した人は地域の中に新たな活躍の場を求める人が多い。しかし、地域に目を向けても魅力ある活躍の場が少ないという高齢者の声をよく耳にする。「やることがない、行くところがない、会う人がいない」という“ないないづくし”のため、自宅に引きこもりがちになってしまう高齢者が少なくない。そうした生活を続けると生活不活発病(廃用症候群)や社会的孤立の問題を誘発する。
こうした現象は特にベッドタウンと称される都市近郊地域で顕在化している。「地域社会の中に高齢者の活躍場所を広く創造する」ということは、超高齢未来において不可欠な取組課題である。それぞれの地域で抱える課題を高齢者の力で解決するような、そうした取り組みが大いに期待される。
なお、この視点での取り組みについては、筆者も参加して取り組んでいる千葉県柏市における「生きがい就労事業」がある。
5――さいごに
“Live Longer,Work Longer(長く生き、長く働こう)”、この言葉はOECD(経済協力開発機構)が2005 年に開催された「高齢化と雇用政策に関するハイレベル政策フォーラム」をまとめた報告書のタイトルである。世界全体で「高齢化と雇用政策」について検討した結果、今後の方向性として強調されていることは、高齢化の事象を「課題ではなく機会(チャンス)」として捉えていくべきということであった。エイジ・フレンドリーな雇用政策と雇用慣行の果敢な見直しを推進することによって、社会のさらなる繁栄が訪れる旨の提言がなされている。
やがて人口の3人に1人が65 歳以上の高齢者となる超高齢未来が確実に訪れる。そうした超高齢未来を国民一人ひとりがより豊かに、そして社会としての持続的な発展をはかっていくには、「生涯現役社会」「エイジフリー社会」の実現は欠かせない。年齢差別禁止策の導入を通じた雇用市場の自由度の拡大、地域社会における高齢者雇用の促進は極めて重要な政策視点と考える。上記のメッセージを一人でも多くの人が実践できるように、社会の改革が進むことを大いに期待する。
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