2012年8月28日(火)発表の第一生命経済研究所 経済調査部ご担当 熊野英生氏による「Economic Trends/経済関連レポート」で「高齢者の働き方に対する疑問 ~生涯現役モデルを一般化することは難しい~」を読ませていただいた。
  Economic Trends/経済関連レポートに関しては、作成時点での意見・分析の結果であるとお考えの上、読者自身の判断でお読み下さい・・・と注記されているが、このレポートに関して『生涯現役プロデューサー』仮登録の方々はじめ『生涯現役社会づくり支援ネットワーク』にご関心ある仲間の皆様からぜひご意見ご提言を承りたく、下記に同レポート内容(文中図表はすべて省略をご容赦ください)の転載でご紹介します。
  ご参考URL = http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/kuma/pdf/k_1208e.pdf
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    高  齢  者  の  働  き  方  に  対  す  る  疑  問
    ~ 生 涯 現 役 モ デ ル を 一 般 化 す る こ と は 難 し い ~

 
  「生涯現役 」と言われるが、 60 歳になってリタイアする人は少くい。 60 ~64 歳と年齢が上る につれ て非労働力化していく。「生涯現役」は意外に 多くない。 2013 年度から厚生年金の報酬比例部分については、60 歳から 65 歳へと 段階的に 支給開始年齢 が引き上 げられる 。公的年金の支給開始が遅れれば 、勤労期間を延長するしかない として「生涯現役」が叫ばれる事情もある。しかし、 「生涯現役 」の理念を尊重することとは別に、 継続雇用を決めるときには 、企業と雇用者の間では あくまで自由裁量が重んじられるべきである。

  本 当 に 生 涯 現 役 で よ い の か

  2013 年 4月から 60 歳になった男性 について 、 厚生年金の支給開始齢が60 歳から 65 歳へと 段階的 に引き上げられる移行プロセスに入る 。それに対応して「60歳以降も正社員として働き続けられることが 望ましい 」という考え方がある。
  しかし、年金支給開始が遅れることに対応して就労期間の延長も当然だと考えてよいのだろうか。調べてみると、年齢が 60 歳代前半 に達して勤労者として働き続けいる人は 43 .2 %( 2011年) である。60 歳未満の割合からみれば、 60 歳になって就労を辞める人は少なくない。 さらに、 60 ~64 歳にかけては 、勤労者として働く割合は次第に低下してい く。60 歳代後半は 15.7%まで減る。 「生涯現役 」の理念を尊重する意義とは別に、 若い時代と同様に正社員として働き続けるこを一般化すべきかどうかは、立ち止まって考えてみる必要がある。

  働 い て い る 高 齢 者 と は 誰 か

  高齢社会が進んでいる一方で、高齢者の就業状況はどうなっているのか。この点は、あまりデータに基づいて正確な実態が知られていないように感じられる。そこで始めに、60歳以上の世帯主の高齢者世帯の就業状況 がどうなっているかを紹介したい。
  総務省「家計調査」(総世帯)によると、 2011年の世帯主60歳以上の割合は、全世帯48.7%を占めている( 65歳以上の割合は 37.0%)。総務省「国勢 調査」( 2010 年)では、 60歳以上の高齢者世帯は2,163万世帯、 65歳以上は 1,599万世帯となっていた。
  
  高齢者世帯の 就業状況に注目すると、勤労者世帯は全体の15.3%に過ぎず、事業者は 16.3%、それ以外 の無職世帯は 68.3%を占めている。 無職世帯である 約 7割の世帯多くが リタイアした年金生活者である のが実情だ。この内訳を 60 -64 歳から 5歳毎の区分でみていくと、 50 歳代では全体の 71.2%だった勤労者世帯は、 60 -64 歳では 43.2%へと減少し、 65 -69 歳では 15. 7%にまで減る。代わりに、無職世帯は50歳代の 9.4%から 60 -64 歳の 34.4%、 65 -69 歳の64.7%へと割合が増えている。

  (参考) 60 -64 歳の 勤労者世帯は、この年代の43.2%を占めているが、その中でさらに正社員の割合はどのくらいだろうか、 世帯主ではなく人員ベースでみると、正規の職員・従業員は雇用者の55.6%であり、残りが非正規雇用である。55 -59 歳の雇用者では正社員が 84.0%だった。60 歳になって雇用者ではあっても、正社員ではなくなる人は多い。

  高齢者の就業実態は、2006 年から高年齢者の雇用確保が進んだ後でも、それ以前との差は数%に止まる 。 正規雇用として大多数の就業者が働き続けるような労働市場の変化は進んでおらず、60歳代前半から 5年毎に加齢とともに、リタイアして無職世帯へ移行していることが多いことがわかる。

  勤 労 者 は 何 歳 ま で 働 い て い る の か

  高齢期を迎える人が、どのくらいの年齢になってリタイアするかをもっと仔細に調べてみた。総務省 「国勢調査」の各年齢就業状況データである。ここでは、50歳以上の年齢における就業者率と非労働力率の変化が 1990 年から 2010 年まで どうなっているかがわかる。一目瞭然なのは、男性でも年齢が 60 歳になると就業者率が急に低下することである。60歳未満では、平均80%以上の就業者率を維持していたのが、60歳になって70%台前半に落ちる。 65歳になると、 50%台まで落ちる。これとは対称的に、非労働力率の方をみると60歳以降は 80歳代になるまでに9割近くがリタイアしてしまう傾向がわかる。

  気になるのは 2002 年4月から公的年金の定額部分の支給開始年齢が男性について 60歳から 65歳へと段階移行したことの影響である。 5年毎の国勢調査の就業率では、60歳時の男性就業者率は、2000年70.0%、 2005年 74.0%、 2010年 74.4%へと高まっている。 60 歳代前半では、 5年前比較でみて +4 %ポイントずつの就業者率の上昇が確認できる。 年金支給開始が遅らされていることが 、高齢者の就業者率の上昇を促していることは間違いないが、 注目したいのはそうした上昇の動きあっても 60歳代前半の就業者率は 7割から低下していく傾向がおおむね変わっいないことである。

  勤 労 者 は 、 な ぜ 6 0 歳 で リ タ イ ア す る の か

  ところで、60歳になって、非労働力化する人が多くなるのはどんな背景があるのか。そこには、定年に伴って退職金をもらい、老後の生活に移行して自発的にリタイアする人が多いからだろう 。「高齢社会だか ら生涯現役を志向すべきだ」という 評価がある一方で、「高齢期はリタイアして年金生活を送りたい 」とう考え方を持つ人も少なくない。「家計調査」(2人以上世帯・ 2011年)に基づいて、世帯主が無職の世帯の貯蓄残高の分布を調べると、金融資産3,000万円以上の世帯割合 ※は 24.8%を占めている。この無職世帯の分布は、65歳以上の分布と重なる部分が大きい。こデータは、老後の備えをある程度用意してリタイアいる人も結構多いことを暗示している。
  
  ※金融広報中央委員会「家計の行動に関する世論調査」(2011年、2人以上世帯)では老後の生活資金として年金支給開始時に準備しておけばよいと考える融資産残高は最低 年金支給開始時に準備しておけばよいと考える金融資産残高は最低 2,041万円という結果になっている。

  注意したいのは、 非労働力化した 60 歳以上の人の中に就職を希望するが、条件が合わないので働いていない人もいる点だ。総務省「労働力調査(2011年)によれば、就職活動をしてい な年)によれば、就職活動をしてい な年)によれば、就職活動をしていをしていない 65歳以 上の非労働力人口 2,259万人の中で就職希望の人は 36万人いる( 1.6%)。

  一方、 60 歳以上になっても勤労者であり続けている世帯主の中には、老後の備えとして貯蓄残高が不足しているから、 就労を続けるという人もいる。彼らは願わくはリタイアをしたいが、60 歳になっても十分な貯蓄残高をめていないの就労をやむなく続けるという選択を採っている。 60 ~64 歳の年齢を迎えて、勤労を続けている世帯主のうち16.4%は金融資産残高が 300万円未満に止まっている。

  勤労者が 60歳になってリタイアするか、 就労を続けるかどうかは、勤労に対する高いモチベーションを持って 「生涯現役を通したい」とう理念的な像とは別に 、経済的動機が大きく関わっている。 経済的動機のうち、 とりわけ大きいのは公的年金存在であ る。 これまでは公的年金の定額部分の支給開始齢の引き上げが影響を及ぼした。今後は、報酬比例部分の支給開始年 齢が 60歳から引き上げられていくことに伴って、やむを得ず就労を続ける人が増えていくだろう。

高 齢 期 の 就 業 も 自 由 が 原 則

  「生涯現役 」という考え方は、 日本人が長寿化して、60 歳以降も健康的に過ごせる人が増えたから、可能な限り働きたいと思える人が希望通りに長く働けるようにするという理念である。 日本が高齢社会に入り、 生産年齢人口が減少していく流れが強まると、高齢期になってもなるべく就業を続けて日本全体の生産力を高めに維持することが望ましいというう考え方もある。 もしも、自然に高齢者の就業者率が高まってきたのであれば 、公的年金の支給開始年齢を引き上げても構わない。しかし、必ずしもそうではないだろう。 実際の因果関係は逆で、年金制度の見直しによって、高齢者が就労を余儀なくされるという側面が強いと考えられる。ならば、できるだけ高齢者の就労環境が好ましくすることが望まれる。
  ここで気になる問題は、高齢期に就業を続けた場合に、年金受給額が減らされることである。公的年金における在職老齢年金の減額である。年金支給開始年齢に達して、本来は受け取れるはずの年金支給額は、在職中は勤労報酬額に応じて削減される。こうした仕組みが存在することで、その仕組みが存在しなかった場合に比べて、高齢者の労働供給は制限される可能性がある。 就労に対する中立性をどう考えかは吟味する必要があろう。
  もうひとつ、 大きな問題は高年齢者雇用安定法の改正によって継続雇用制度が変わることである。 これまでの高年齢者雇用安定法は、(1)定年年齢の引上げ、(2)継続雇用制度導入、(3)定年廃止、のいずれかの措置を講じて、雇用確保措置を採らなくてはいけないことになっている。厚生労働省の「高年齢者の雇用状況」(2011年)によると、82.6%が継続雇用制度を採用し、定年年齢の引き上げは14.6%、定年廃止は 2.8 %と少数である。この継続雇用制度では、必ずしも継続雇用の希望者がすべて選択できる訳ではなく、労使協定を結んで対象者の基準を設けられようになっている。事業主には、継続雇用の対象者を選別できる裁量が残っている。先の「高年齢者の雇用状況」(2011年)によると、定年達成者総数(従業員 31 人以上規模企業)の 43.5万人のうち、継続雇用を希望した 32.8万人( 75.4%、< 10.7万人(26.4%)は定年により離職>)は、継続雇用された者が 32.0万人 、継続雇用を希望した人でも基準に該当せずに離職した者が 0.8万人(7,623人)となっていた。今後、高年齢者雇用安定法が改正されると、継続雇用が義務化されることになるだろう。その場合、継続雇用を希望した人が、基準に該当せずに離職することはなくなる。事業主が継続雇用の基準を設けて選別することはできなくなる。
  こうした義務化は、一見再雇用を希望する人に有利に見えるが、選別できなくなった事業主にとっては一律に賃金水準を抑制しようとしたり、継続雇用の対象となる職種の過剰な制限につながり、希望者にとっては自由裁量が制限されることを通じて、必ずしも好ましいものではなくなる可能性がある。規制強化に 伴う副作用の懸念が残る 。その副作用としては、 間接的に有能な継続雇用者の対象であっても相対的に低い賃金に甘んじなくてはならなくなる弊害もあるだろう 。
  考え方を整理すると、60 歳以降の高齢期雇用に関しては、
  (1) 60 歳以降の継続雇用に関しては、勤労者の自由裁量に任されるべきというのが原則である。継続雇用を強制することはできない。
  (2) 雇用の継続が 自由裁量である原則の下では、60 歳以上の高齢勤労者の能力発揮が妨げられることがあってはならない。
  (3) 高齢勤労者の能力発揮が成されるためには、継続雇用の義務付けは必ずしも望ましくない。ルールづくりは、高齢者の個々の能力発揮が報われるように、その弊害に十分に配慮することが重要である。
  自由の理念は、高齢者が見かけ上雇用継続されればよいのでなく、働きたい意欲をいかに実現するかを考えるときに重視されるべき原則になる。
  また、経済原理から考えれば、企業にとっては、生産性の高い定年対象者を継続雇用することが、業績拡大のためにもプラスである。自由を尊重して、能力発揮を最大限に行うことはそうした企業の利害とも合致する。この点は、日本が 高齢社会・人口減少社会を迎える中では、限られた労働力が最大の成果を発揮して、経済活性化に貢献することは理想とも重なる。年金制度の見直しは、そうした原則を脅かさないことを注意深く検討することが求められる。

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